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中国の決済市場では、アリババの「支付宝:Alipay」(アリペイ)とテンセントの「微信支付:WeChat Pay」(ウィーチャットペイ)という2つのサービスが覇を競っている。中国の調査会社が公表したレポートによると、2018年第4四半期におけるモバイル決済のシェアはアリペイが53.8%、ウィーチャットペイが38.9%となっている。しかしそのサービス開始時期はアリペイが2004年、ウィーチャットペイが2013年と、実は9年の開きがある。後発のウィーチャットペイはどのような戦略をとり、わずか5年でアリペイと肩を並べたのか。
『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』を書いた西村友作氏が、チャットアプリ「微信:WeChat」(ウィーチャット)の普及に触れた上で、その戦略に迫る。
10億人が使う「ウィーチャット」
インターネットへのアクセスではスマホが主役となったが、このスマホの登場で大きく変わったのがユーザー間のコミュニケーション・ツールだ。ガラケー時代は音声通話もしくはショート・メッセージ・サービス(SMS)が主流だったが、スマホではインスタント・メッセンジャー(IM)となった。現在、中国で最も普及しているIMアプリが、テンセントが2011年からサービスの提供を始めたウィーチャットだ。
「微信好友」(友だち)とのチャット機能では、テキストメッセージや写真、ファイル等に加え、ボイスメッセージも録音して送ることができる。長文のテキストメッセージを入力するのが面倒なときに便利な機能で、道端や電車の中でマイクに向かって一方的にしゃべっている中国人もよく見かける。
ボイスメッセージは音声認識技術によって文字変換もできるため、会議中など音声を聞けない場合にも便利だ。音声通話やビデオチャット機能も搭載されており、友だち同士では有料の電話をかける必要がなくなった。
では、このウィーチャットが、いかに現在の中国人の生活に入り込んでいるのか。その実態をご紹介しよう。
「加个微信吧」(ウィーチャットを交換しましょう)
これはあいさつ代わりによく聞く中国語だ。プライベートでもオフィシャルでも、知り合ったときにはウィーチャットの連絡先を交換する。方法は簡単で、その場で相手のウィーチャットのQRコードをスキャンして「友だち申請」すればよい。登録IDもしくは携帯電話番号からも検索できる。
第三者を介して知らない人とつながるケースもある。私によくあるのが講演や取材など仕事の依頼である。友だちがウィーチャットを介して、依頼者を紹介してくるというケースだ。双方につながっている仲介者が、どちらかにウィーチャット上の「名刺」を送るか、「群」(グループ)を作って両方を呼び込むことで、見ず知らずの人とウィーチャット上でつながることができる。
こうした場合、信頼できる人からの紹介であるため、会ったこともない人とつながることにあまり抵抗を感じない。しかし、まったく見ず知らずの相手でもウィーチャットでつながってやり取りするケースもあるようだ。私の同僚がレストランの担当者と接待の準備を進めている電話口で、メニューや会場の写真を送ってもらうため、相手のウィーチャットIDを聞いていた。知らない相手とつながるのに抵抗はないのか聞くと、「仕事だから仕方ない。用事が済んだら削除すればいい」とのことだった。
私にとってもウィーチャットは、仕事でもプライベートでも欠かせないコミュニケーション・ツールとなっている。職場の事務連絡をはじめ、私が加入している学内のサッカーやマラソン、ゴルフ同好会の連絡、学外の仕事のやりとりでもすべてウィーチャットを使う。
新学期の初めての授業では学生にアカウントを公開し、クラス全員のチャットグループを作成する。資料の配布や課題の伝達のためだ。以前は一人ずつ「群」(グループ)に招待しなければならず、時間がかかり非常に面倒だったが、最近は「面対面建群」(非公開グループに参加)という機能ができ、その場で設定した4けたの数字をそこにいる全員が打ち込めば即時にグループを作れるようになった。
このように顧客の新需要を吸い上げ新たな機能を追加する「微創新」(わずかなイノベーション)を繰り返すことで、ウィーチャットは顧客満足を高めている。
また、ウィーチャットは人脈の維持、開拓にも威力を発揮している。中国の大学はアルムナイ(校友会)ネットワークが強い。私も対外経済貿易大学の校友総会理事、国際校友会日本分会の会長などを歴任したが、学内にあるさまざまな校友会組織とウィーチャットでつながっており、日々情報交換をしている。校友という「信用」をベースに、新しいビジネスのマッチングやパートナー探しなどにも利用されている。
電話よりウィーチャットで連絡する機会の方が圧倒的に多く、電話番号を知らなくてもウィーチャットでつながっている友人が増えた。私は2003年から中国の携帯電話を使っているが、2018年末までに電話帳に登録した人数が456人であるのに対し、ウィーチャットの友だち人数はわずか数年で1000人を超えた。校友会や同好会のように、同じグループには入っていても直接の面識はない人まで入れると、この数倍に膨れ上がる。
このように公私共に使われるウィーチャットは、2011年1月の登場以降、利用者が急拡大している。テンセントの年次報告書によると、月間アクティブユーザー(MAU)数は2018年12月には11億に達している。
モバイル決済に火をつけた「ウィーチャットペイ」
スマホの爆発的な普及に伴い、これまでパソコン上でしかできなかったオンライン決済手段を携帯することが可能となった。
そこでテンセントは、中国人のコミュニケーションに欠かすことのできないウィーチャットに決済機能を組みこみ、「人海戦術であらゆる店のレジに自社のスマホ決済専用の2次元バーコードを貼り付けた」(2017年3月24日付「日本経済新聞」)。
ウィーチャットペイのサービス開始が2013年8月。私が北京の街でQRコードを見かけるようになったのは翌14年頃だが、2016年頃になると、レストラン、スーパー、コンビニといった通常の販売店だけではなく、道ばたの露天商を含め、スマホで決済できない店を探す方が難しくなった。
もともと、モバイル決済に先鞭(せんべん)をつけたのはライバルのアリペイだった。今では当然のように使われているQRコード決済を最初に採用したのもアリペイだ。しかし、中国人の大半がスマホにダウンロードしているチャットアプリに決済機能をつけたインパクトは絶大であった。
中国調査会社の易観の調査によると、2014年第1四半期におけるアリペイとウィーチャットペイの市場シェアは、それぞれ77・8%と9・6%であったが、ウィーチャットペイが急成長し2018年第4四半期にはそれぞれ53・8%と38・9%となっている。
またウィーチャットペイが登場して競争原理が働いたことで、サービスの質が向上し、ユーザーに便宜をもたらし市場も拡大した。モバイル決済額は、ウィーチャットペイの普及が進みアリペイとの競争が激化した2014年から15年のわずか1年で4・8倍に増加。2012年に2・3兆元(36・8兆円)だったモバイル決済額は、2017年には約88倍の202・9兆元(3246・4兆円)にまで拡大した。決済回数で見ても同様に2014年を境に急増している。
利用者ベースでもその傾向は見て取れる。オンライン決済の中でも、2014年以降モバイル決済の利用者数が急激に増加している。2013年末で1・25億人だったモバイル決済利用者数は、2017年末には4・2倍の約5・3億人にまで達している。また、それまでオンライン決済を使ったことのなかったユーザーがモバイル決済を利用し始めたことで、オンライン決済全体の拡大にもつながっている。
このことからも中国でモバイル決済が爆発的に増え、キャッシュレスが一気に進んだきっかけとなったのが、ウィーチャットのペイメント事業参入によるものだということがわかる。
【次ページ】ウィーチャットペイはなぜ、またたく間に普及したのか
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