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ネットサービスを利用するともらえる還元ポイント。これを、偽の個人情報を使い、大量に取得して利益をあげているのが、中国で「職業羊毛党」と呼ばれる人たちだ。1万件以上の携帯電話番号を保有し、自動化ツールを使い、大量の還元ポイントをかき集め、換金して利益を得ている。この羊毛党行為により、大規模な被害を受けるばかりでなく、営業停止や倒産に追い込まれてしまう企業もある。なぜ中国で職業羊毛党が登場したのか、被害に遭ってもなお、なぜ企業は大型還元策をやめられないのか。羊毛党行為が示す伝統的ECの限界と、中国ECの今後について解説する。
企業が還元ポイント、クーポンを実施する理由
さまざまなネットサービスに登録をすると、割引クーポンがもらえる。あるいは利用をすると還元ポイントがもらえる。こういうお得な仕組みを利用して、賢くネットサービスを利用されている方は多いだろう。クレジットカードとコード決済をひも付けて、両方でポイントを得るというテクニックも、すっかり一般的になっている。
このような還元策は以前から行われていたが、国内で大型化したのは2018年末のスマホ決済PayPayの「100億円あげちゃうキャンペーン」からだ。
100億円を使い切り、キャンペーンが終了した2018年12月13日には、471万人がPayPayアプリを起動している。つまり、1人あたり平均で2,100円程度の還元ポイントを獲得したことになる。
運営するソフトバンク側から見れば、1人2,100円で新規ユーザーを獲得したということだ。銀行口座などをひも付けしなければならない金融決済系アプリとしては、非常に低い獲得コストで大量の新規ユーザーを獲得することに成功した。
還元ポイント、クーポンをコツコツためる「羊毛党」の誕生
このように、広告やプロモーションにコストをかけるのではなく、直接ユーザーに資金を投入して新規顧客を獲得するという手法は、中国では早くから行われていた。
中国スマホ決済の競争で、アリババのアリペイに遅れをとったテンセントのWeChatペイは、2015年の春節に紅包(ホンバオ)機能で巻き返しを図った。
紅包とはお年玉のことだ。WeChatペイユーザーであれば、誰でも最高1,000元の電子的なお年玉がもらえるというもので、500万人が参加し、1600万件の紅包が取得され、新規ユーザーが大幅に増えた。翌2016年の春節ではキャンペーンを拡大し、2000万人が参加、10億件の紅包が取得された。
それまで、アリペイのシェアが圧倒的で、WeChatペイはライバルとは呼べないほどの規模だったが、この紅包大戦で一気にアリペイに肩を並べる存在となり、アリババの創業者ジャック・マー氏に「これは奇襲攻撃だ」と言わせるほど慌てさせた。
これ以降、中国のネットサービスでは新規顧客を獲得するために、ポイントやクーポンをユーザーに直接注入する方法が主流になっていく。
その結果、還元ポイントやクーポンを地道に集めて、お得に使う消費者がたくさん生まれた。そのような人たちは、いつからか「羊毛党」と呼ばれるようになった。
このネーミングは1999年の春節に、中央電子台で放映されたドラマ『昨日、今日、明日』にちなんでいる。劇中で、牧場で働く老女性が、毎日羊の毛を少しずつむしりとり持ち帰り、それを集めて夫のためにセーターを編むという話が登場する。貧しい時代の中国での夫婦愛を表現したエピソードとして、多くの人の記憶に残った。
そこから、わずかな還元ポイントを集める人たちのことが「羊毛党」と呼ばれるようになった。
職業羊毛党の登場とスターバックス事件
しかし、2017年頃から様相が違ってきた。「職業羊毛党」と呼ばれるプロ集団が登場し始めたのだ。セキュリティ企業「深圳永安在線科技」のセキュリティチーム「威脅猟人」の推計によると、平均的な職業羊毛党グループは3人チームで、1万件以上の携帯電話番号を保有し、年間に100万元(約1,500万円)程度の利益をあげているという。
職業羊毛党によって企業は大きな損失を被り、中には倒産まで追い込まれる例もある。2018年、2019年には羊毛党事件が立て続けに起こり、2020年のコロナ禍で鳴りを潜めたが、2020年9月頃から再び活動が活発になり、大型事件が起きるようになっている。
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