- 会員限定
- 2021/02/16 掲載
給与デジタル払い解禁で、銀行口座の利用者は減る?金融業界に巻き起こる波乱とは
加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。
これまで何度も政府内部で議論されてきたが……
現在、給与の支払い方法については労働基準法で厳格に定められており、通貨で支払うことが義務付けられている。企業が従業員に給与を支払うためには、現金を手渡しするか、銀行に振り込むしか方法はなく、一昔前の企業では、「給料袋」と呼ばれる封筒に現金を入れて従業員に渡していたところもあった。その後、多くの企業が銀行振り込みに移行したが、これは法的に定められたものなので、企業や従業員に選択の余地はない。だが近年、フィンテック(金融とITの融合)と呼ばれる新しい技術が台頭し、金融以外の業界から金融サービスに進出する事例が相次いでいる。加えて、若年層を中心に電子マネー(スマホ決済)の利用が進み、日常生活で現金をほとんど使わないという人が着実に増えている。
電子マネーが生活の中心になっている人は、銀行に振り込まれた給与を電子マネーにチャージしてから使うといった手間をかけているので、あまり効率の良い話ではない。
こうした市場環境の変化から、政府は給与を現金以外でも支払えるようにする法改正を検討したが、議論はなかなか進まなかった。2018年に給与のデジタル払いが解禁というニュースが報じられたが、一部から反対の声が上がり頓挫したとも言われる。
今回も、あくまで報道ベースであり、政府がデジタル払いについて正式に決定したわけではない。銀行以外での支払いを認めることによる弊害もあるが、金融サービスの多様化は時代の流れであり、いつまでも古い時代の常識で法律の運用をすることは合理的とは言えない。出来るだけ早く、政府内部の議論をまとめていく必要があるだろう。
デジタル払い解禁、金融業界への影響は?
では、実際に政府が給与のデジタル払いを解禁した場合、金融業界はどう変わっていくだろうか。短期的に見た場合、金融業界にとっても利用者にとってもそれほど大きな変化は生じない。現時点においてひんぱんに電子マネーを使っている利用者は、デジタル払いが解禁されれば、給与の支払先を銀行口座ではなく、自身の電子マネーアカウントに変更するだろう。だが、電子マネーを補助的に使っている人や、年収が高い人は、電子マネー以外の支払比率が高いので、給与の銀行振り込みは変更しない可能性が高い。銀行にとっては一部の給与振込口座を失うが、短期的にはそれほど大きな影響は受けないはずだ。
だが中長期的に見た場合、銀行にとっては結構な打撃となるだろう。
銀行(リテール部門)というのは、預金者からお金を預かり、振り込みや引き出しなどで手数料を徴収し、ニーズがある場合には住宅ローンなど各種融資のサービスを提供して金利収入を得るビジネスモデルである。日常的にお金をやり取りする口座として自行を選んでもらう必要があり、給与振込口座の獲得は極めて重要なファクターとなる。
多くの利用者は定期的に賃金を受け取る給与所得者なので、給与の振込口座に指定されれば、毎月、必ず一定額のお金が口座に入ってくる。利用者はそこから家賃の支払いやATM経由での引き出し、カードの引き落としなど、各種の支出を行うので、銀行は自動的に各種の手数料収入が得られる。
給与の支払口座があると、その利用者のおおよその年収はもちろんのこと、お金の使い方が手に取るように分かる。住宅ローンを組めば、毎月、口座からの引き落としになるので、給与振込口座を押さえていることは、住宅ローンのビジネスにもつながる。
つまり銀行のリテール部門にとって給与振込口座はビジネスの生命線と言って良く、給与の受け取りに銀行を使わない利用者が増えれば、銀行というビジネスの土台を徐々に崩していくことになる。
【次ページ】銀行が失うかもしれない顧客層、生き残る道とは?
関連コンテンツ
PR
PR
PR