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サービスとしてのソフトウェア(SaaS)が、ハードウェア、オペレーティングシステム(OS)やプラットフォームの障壁を乗り越える動きが加速している。ユーザーを逃さないために推進してきた従来型の「囲い込みエコシステム」を、遅まきながら脱皮し始めた米アップルと、自社が築いた壁を進んで徹底的に破壊し、より大きく広く利用されるサービスに生まれ変わることに成功した米マイクロソフトのケースを対比させ、「壁のないサービス」の意義と将来を探る。
ジリ貧のアップル・エコシステム
日本の鉄道には、知っての通り直通運転を採用する区間がある。私鉄・地下鉄・JRなど異なる運営企業の電車が相互の路線に乗り入れ、利用者が乗り換えることなくシームレスに移動でき、所要時間も短縮できる。鉄道会社側は、壁を取り払うことで輸送需要全体を拡大させ、コストも削減でき、収益増につながる。
同様の現象が、ITプラットフォームの領域でも進行している。たとえば、米アップルは自社のハードウェアやOSのエコシステムの閉鎖性で希少感や高級感を演出し、高価なデバイスやサービスでユーザーを囲い込むことで収益を最大化するビジネスモデルを採用してきた。そのため、同社の決算では「デバイスの販売台数」が収益の基準とされていたのである。
ところが、主力のiPhoneでワクワク感やイノベーションのあるヒット機種を次々と送り出せなくなり、米中貿易戦争や中国経済の減速などで販売が落ち込むに及んで、アップルはその基準を「デバイス当たりのサービスの収益」に変更せざるを得なくなった。
ティム・クック最高経営責任者(CEO)は2019年1月、全世界で9億台のiPhoneが現役稼働していると明かしたが、それらのデバイスにおけるApp Storeや音楽・動画・媒体のサブスクリプションがアップルの将来の稼ぎ頭になってゆく。だがブルームバーグの
分析記事によると、2019年2月時点で過去1年間のサービス部門の売上は415億ドルに過ぎず、iPhoneが叩き出す1558億ドルとは大差がある。
同記事によれば、アップルが2019年4月にローンチを予定する動画ストリーミングが、月額10ドルのサブスクリプション価格設定で、Apple Music並みの5000万人のサブスクリプションを獲得したと仮定しても、年間売上は60億ドル、営業利益に換算すると20億ドルにしかならない。
また、金融大手UBSが推計したサービス部門内で売上の割合を見ると、App Storeが年間175億ドルとトップで、アップル製のデバイスを保証するApple Careが47億ドル、エコシステム内の利用が中心のiCloudが44億ドルなど、まだまた自社の「壁」に守られたサービスに対する依存度が高い。
いくらアップルのエコシステムがiPhoneだけで9億台の規模を誇るとはいえ、エコシステム内でサービス売上を増やしても限界がある。デバイスの成長が飽和状態になったアップルは、スティーブ・ジョブズが築いた壁に固執していれば、いずれジリ貧になる。
もはや相互乗り入れは止められない
だから、アップルが2018年あたりから自社エコシステムの壁を低くし始めたことは自然な流れであった。まだまだ「アップル」というブランドのプレミア価値は高く、壁を完全に破壊するわけにはいかないが、徐々に「相互乗り入れ」を認めることで、壁の向こう側にある市場を積極的に取りに行く戦略だ。
事実、アップルの音楽ストリーミングであるApple Musicは、もはや同社のiOSやmacOS限定のサービスではなくなっている。Android端末向けのApple Musicアプリのダウンロード数はすでに
1000万件を突破しており、アップルはすべてのスマホユーザーにサービスを開放中だ。
一方、アマゾンのAIアシスタントであるアレクサにコマンドを与えることで、Apple MusicをアマゾンのスマートスピーカーのEchoでも聴けるようになるなど、以前はアップルのブランド維持上考えられなかった思い切った施策が実行されている。
さらにアップルは、アレクサやグーグルのグーグルアシスタントのスキル訓練開発に携わったAIスタートアップのPullStringを買収した。これは、各種アップルサービス提供の際の、AIアシスタント相互乗り入れへの布石である可能性がある。
翻って、アップルの動画ストリーミングサービスでは、業界最大手ネットフリックスのようにハリウッドに多額の資金を投じてオリジナルコンテンツを製作するほか、著名司会者のオプラ・ウィンフリーと契約するなど、投資額が巨額になると予想される。投資を回収する上で、デバイス中心の展開よりはエコシステムの垣根を超えた方が、より早くより多く売上と収益を伸ばせることは明白だ。
米経済専門局のCNBCはアップルの一連の方針転換を、「城壁で囲まれた名園の壁にひびが入り始めた」と
評している。収益環境が悪化する中、ユーザーが他社のデバイスに浮気をすることをある程度許容する一方、外にいたユーザーをエコシステムに入りやすくするメリットが大きくなってきたわけだ。
「テクノロジーのベルリンの壁」は崩れ始めている。アップルだけではなく、プラットフォームの世界における相互乗り入れは、止められない流れとなっている。背景には、ユーザーの「器が何であっても、中身が同じでシームレスであればよい」という利便性の要求もある。
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