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過去1万9000件の判決の根拠になった「シェブロン法理」。立法機関である米議会で法律を作る際に決められなかった細かい規則は、現場を知る規制当局に決めさせて運用してもらう──米連邦最高裁判所は1984年にそうした趣旨の「シェブロン法理」を定め、法律の曖昧な部分の解釈を行政に任せてきた。だが2024年6月、連邦最高裁は自ら同法理を否定した。これにより、政府は幅広い政策分野で柔軟に規制を打ち出すことが難しくなる可能性がある。その余波は日本企業を含めた産業界にも大きく及んでいくだろう。そこで本稿では、金融分野に的を絞り、シェブロン法理の無効化がどう影響するのか読み解く。
シェブロン法理とは:法解釈を「現場に委ねる」仕組み
日本では、立法府の国会が法律を決める。しかし政府や国会議員がどれだけ努力しても、運用時にさまざまな疑義が生ずることは避けられない。そこで、法律の解釈と運用を現場に即した柔軟なルールにすべく、内閣の政令や各省の省令などで行政立法を行い、細かいことを委ねる仕組みが採用されている。
米国においても、米議会が知り得ない現場の実態に合わせて連邦政府機関が法律の施行規則を進化させることができる「現場主義」の仕組みが、過去およそ40年にわたり採用されてきた。その原則を示したのが1984年のシェブロン判決であり、「法律が曖昧な場合に、裁判所は連邦政府機関の解釈に従うべきだ」という法的テストを提示した。これは、図1にある2段階の審査から構成される。
■ステップ1:規制当局による法解釈の疑問について、当該の法律が原文に直接かつ明確に言及しているかどうかを審査する。答えが「イエス」であれば、当該法律の趣旨に沿っているかを審査する。その答えも「イエス」であれば、規制当局の解釈は有効だ。「ノー」であれば当局の解釈は無効となる。
■ステップ2:制定法の規定が不明瞭である場合、規制当局の解釈が「合理的であるかどうか」を審査する。「イエス」であれば、規制当局の解釈は有効であり、「ノー」であれば解釈は無効となる。
このようにして、本来は司法の役割である法解釈を、現場裁量主義で行政へ大幅に信託するのが「シェブロン法理」で、現実的かつ実用的な解決策として重宝される存在であった。
判決1万9000件の「根拠」になったシェブロン法理
シェブロン法理は2024年までに、1万9000件もの連邦裁判所の判例で
根拠として引用されるまでになっていた。2022年1月から2024年2月までの期間に、規制当局の法解釈の合法性が争われた68件の訴訟では、47件で規制当局がシェブロン法理により勝訴している(図2)。
ところが2024年6月28日、シェブロン判決を出した当事者である連邦最高裁が、その法理自体を覆して無効にした。「政策に関する重要な問題については立法を通じて米議会が直接的に対応するよう」求めるとともに、規制当局が越権した場合には、それを抑制する責務を下級裁判所に負わせる内容だ。
これにより、政権は金融や環境、労働、テクノロジーまで幅広い政策分野において、柔軟に規制を強化することが難しくなる可能性がある。それだけでなく、これまでに制定した規則が訴訟によって覆されるケースも指摘されている。政策や規制の在り方が大きく変わる可能性があり、産業界にとっても事業環境が大幅に変化することが考えられるが、規制強化のたびに対応を迫られた企業負担が軽減される見方もある(
後ほど解説します)。
無効化された背景には、民主党と共和党の勢力が拮抗したことが挙げられる。勢力拮抗により政策を決められず機能不全に陥った米議会に代わって、当時のオバマ・バイデン両政権(民主党)が施行規則を用いて、環境・金融監督・消費者保護・教育・医療などの分野で党派性の強い政策を実行した。
これに反発した共和党の意向を体した連邦最高裁の多数派判事たちが、行政の法解釈による統治の抜け穴をふさいだのが、今回のシェブロン法理の否定なのだ。
【次ページ】日本への余波は?「金融業への影響」まとめ
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