• 2024/11/26 掲載

知らなきゃヤバい「シェブロン法理の無効化」とは? 日本の金融機関も重大影響の中身(2/2)

連載:米国の動向から読み解くビジネス羅針盤

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1万9000件の判決は「無効」にされるのか?

 シェブロン法理を否定した判決では特に、2022年に連邦最高裁が示した「重要問題法理(major questions doctrine)」を指針として用いるよう命じている。規制当局が経済的・政治的に重大な国家的問題に対処する場合、「明確な米議会の委任」がなければならないとするものだ。

 これにより、議会が法律を作り、規制当局がそれを運用、さらに法の解釈は司法が行うという、憲政上の三権分立の本来の姿が取り戻されたとも言える。

 シェブロン法理を根拠に言い渡された1万9000件の判決については、自動的に無効化されるわけではない。それらの施行規則は従来通り効力を維持する。もちろん、裁判所がケースバイケースで行政の法解釈を引き続き有効と判断する可能性もある。なぜなら今回の判決は、裁判所が技術的な問題に関する連邦政府機関の専門性を尊重した上で司法判断を下すよう定めているからだ。

 ただし、係争中あるいは新たに提起された訴訟では、シェブロン法理の破棄が大前提として審理が進められるため、ビジネス環境が不安定化することが予想されている。

 従来の施行規則について新たな施行規則を発令した場合、「現場の実情に沿ってない」として現場側から提訴される可能性もある。リベラル派のケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事は反対意見の中で、「シェブロン法理の否定で、連邦政府機関は訴訟の津波に直面する」との懸念も表明した。

日本への余波は?「金融業への影響」まとめ

 さて、シェブロン法理が否定されたことで、銀行の自己資本比率規制やマネーローンダリング防止対策などで、日本にも余波が及ぶ可能性がある(図3)。

画像
図3:金融業への影響まとめ
(金融機関へリスク管理サービスを提供する米Ncontractsのブログを基に筆者作成)

 前述のように当面は現行の施行規則が従来通り効力を維持する。しかし当局が新たな施行規則を発令した場合、「現場の実情に即していない」として金融機関から訴訟を起こされる可能性がある。

 そのような訴えが、大統領に指名された連邦地方裁判所や連邦巡回控訴裁判所のリベラル派判事によって退けられても、保守派判事が多数を占める連邦最高裁において認められて、結果として銀行のコンプライアンス負担が軽減されることを予想する向きもある。

 米国における規制強化のたびに新たな対応を迫られていた日本の金融機関も負担が軽減されるだろう。さらに、ジェンダーや人種に関する社会正義を盛り込んだ規制についても、米国で基準が緩和されることで日本の事業者による対応もよりビジネス効率を重視したものへと変わってゆく可能性がある。

 また、消費者金融保護局(CFPB)が3月に発令した、クレジットカードの返済遅延金を月額最大8ドル(約1,290円)に制限する施行規則についても、制定法(行政手続法)に明確な定めのない規制は無効だとの判断が下る可能性も指摘される。現在、米国銀行協会(ABA)が訴訟を起こし、争われているが、無効となれば銀行経営の自由度を拡大し、利益増大に貢献すると考えられる。

 与信審査やその慣行においては、CFPBがジェンダーや人種、性的嗜好に対する差別を禁ずる施行規則を発出しているが、シェブロン法理の否定により、「根拠法はCFPBにそのような権限を与えていない」と裁判所が判断すれば、銀行はより利潤を追求したローンの貸し付けを行えるようになる。

 さらに中小企業向け融資に関する規制でも、法律に定めのある「中小企業」の定義の範囲をめぐって裁判で争われ、CFPBといった規制当局の監督権限が結果的に狭まるかもしれない。

「インフレ目標」「政策金利」にも重大影響?

 シェブロン法理否定の影響は極論すれば、米連邦準備制度理事会(FRB)のインフレ2%目標にも及ぶ。

 保守派シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所のポール・クーピエック上席研究員らが指摘するように、FRBが米議会から与えられた使命は「雇用の最大化」と「物価の安定」なのだが、1913年に制定され1977年に改正された連邦準備法は、物価上昇率目標について具体的な文言を含まない。

 法的観点からは、FRBが米議会の承認なしにインフレ目標を定め、恣意的な解釈で政策金利を上げ下げし、国民生活に重大な影響を及ぼしていることになる。また、そもそも2%のインフレ目標に科学的な根拠がないことは広く金融専門家の間で指摘されており、これについても、争おうと思えば理論的には可能である。裁判官が金利を決めるようになるかもしれない。

 加えて、よく主張されるFRBの政策決定における独立性についても、実は連邦準備法に明確な定めがない。そのため、トランプ氏の大統領返り咲きで金融政策に介入し、「利下げしろ」とFRBに迫っても、それに対するFRB側の防御の法的根拠は薄い。シェブロン法理の否定の後であれば、なおさらである。

 もちろん、現実的には裁判所が金融のプロであるFRBの専門性と独立性、金融政策決定の権限を尊重するだろう。だが、そうした当然・必然と思われる当局の権限でさえ、裁判の対象になり得ることには留意が必要だ。シェブロン法理の撤廃による金融政策や規制・監督への影響は、想像されているより大きなものになる可能性が高いからだ。

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