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顧客満足度で全米ナンバーワンの靴EC「ザッポス」を育て上げ、あのECの王者アマゾンをして買収対象にさせた、伝説の起業家、トニー・シェイ。その彼が2020年11月27日に、自壊的行動の果てに「事故死」した。まだ46歳の若さであった。人々を幸福にさせ、マネジメントに革命を起こし、社員に慕われたトニー。彼が遺したものとは。
「アマゾンが屈服した企業」を率いるリーダーの肖像
筆者は2018年半ばにある経済メディアの依頼を受け、トニーをインタビューするため、彼が特に希望してザッポスの本社移転先に選んだネバダ州のラスベガスに飛ぶ準備を進めていた。取材交渉はそのメディアが行っていたのだが、最終的にトニーのスケジュールの調整がつかず、実現しなかった。
しかし、彼について調べたノートや、聞いてみたい質問集は手許に残った。この記事では、それらをもとにトニーの人生とその意義を考えてみたい。
インタビューの仕事が舞い込んだ当時の日本では、新しい形態の企業、従来にない形態の雇用、斬新なマネジメントなどに注目が集まっており、「アマゾンを震撼させた企業」「アマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)がどうしても欲しかった企業」「アマゾンが屈服した企業」を率いるトニーに話を聞きたいという需要は高かった。
台湾系米国人(二世)のトニーは、謝家華という中華名を授かり、3人兄弟の長男としてイリノイ州で1973年に生まれた。「家の華」という名に、その後の起業家としての人生が象徴されていた。
進学先の名門ハーバード大学ではコンピューター・サイエンスを専攻し、学位を取得している。ネット広告企業のリンクイクスチェンジ社を立ち上げ、マイクロソフト社に2億6500万ドルで売却するなど、早くから頭角と手腕を現し、請われてザッポスのCEOに就任した。
「顧客を幸せにすればビジネスは成長する」という信念
ザッポスにおいて、トニーは「幸福を売る男」であった。風変わりで奇妙なところもあったが、「顧客や社員をハッピーにさせれば、ビジネスの成長がついてくる」という信念を持っていた。
ザッポスはアマゾン傘下となって以来、財務諸表を公開していないが、2017年の売り上げは優に30億ドルを上回ったとされており、「幸福がカネを呼んだ」という看板に偽りはなかった。事実、ザッポスの新規顧客獲得の半分はクチコミであり、顧客のリピート率は75%と高い。
よく知られる逸話としては、同社をピザ屋と間違えて、深夜にデリバリー依頼の電話をかけてきた客に対し、「弊社はピザ店ではありません」と電話を切るのではなく、その客の近所で深夜でも注文可能な店を探して、連絡先を教えてあげたというものがある。こうした親切は、人々をハッピーにする。
それだけではない。顧客が欲する商品について在庫がなければ、競合サイトを検索してそちらの商品を教えて勧めることさえ、厭(いと)わなかった。同社には顧客対応マニュアルやトークスクリプトのようなものは一切なく、カスタマーを喜ばせるためであれば、ほとんど何をしても良いことになっていたという。
これが、熱烈なリピート客を生む秘訣だ。社員たちは、「ザッポスは、たまたま靴の販売業を営んでいるに過ぎないサービスカンパニーです」と自己紹介したものだ。
こうした中、「ザッポス社員はみんなが笑顔で活き活きと働いており、非常にエンゲージメントが高い」という言説が流布するようになった。社員の医療費は全額がザッポスによって負担され、職場における提案も受け入れられやすい。同社は、米『フォーチュン』誌の「最も働きがいのある企業100社」に何回もランクインしている。
トニーは、「人の幸せの追求がビジネスの成功の鍵だ」との持論を唱え、進出先のラスベガスのさらなる発展のために3億5000万ドルの寄付さえ行った。気前が良い彼の周りには、ハッピーで満足する人が増えてゆく。その「ノリ」が、顧客第一主義を掲げるアマゾンとの2009年の「結婚」につながってゆくのだ。
【次ページ】「幸福を売る男」の才能がさらに開花、ベゾスCEOの尊敬を勝ち取る
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