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本日9月1日は国民が災害への心構えを確認する「防災の日」だが、災害対応の基本知識、基本動作を本格的に学び、実践に役立つ実習ができる日本初の施設が10月、本格始動する。「災害対策トレーニングセンター(DMTC)」だ。同センターの副センター長 沼田宗純 東大准教授は独自取材に対し「巨大災害を前にしたら、日本に住む私たちは『総力戦』で戦うしかありません」と語り、企業の災害対応の担い手になるビジネスパーソンの受講参加に期待を寄せる。
BCPを策定している企業はまだ15%止まり
災害列島ニッポン。2016年から2018年にかけて、熊本地震、九州北部豪雨、西日本豪雨、北海道胆振東部地震が発生し、大型台風にもたびたび襲われた。令和に入っても6月18日に新潟・山形地震が津波を伴って発生し、九州南部豪雨では7月3日、鹿児島市が全市民約60万人に避難指示を出した。
自然災害での人的・物的被害を最小限にとどめることを目指す災害対策は、全国の都道府県や市区町村に「総合防災計画」があるように、企業には「BCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)」がある。
経済産業省・中小企業庁はBCPを「企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画」と定義し、2006年に「中小企業BCP策定運用指針」を制定した。2012年には全面改定の第2版が制定され、その後もたびたび改定されている。
BCPに盛り込まれる企業の災害リスクマネジメントをBCM(事業継続マネジメント)といい、2012年に国際標準化機構の国際規格「ISO22301」が、2013年に日本工業規格「JISQ 22301」が制定された。
そのように東日本大震災の教訓をふまえて直後からBCP、BCMの制度整備が進んでいるが、現状、全国でどれぐらいの数の企業がBCPを策定しているのだろうか?
MS&ADインターリスク総研が上場企業352社から有効回答を得て2019年2月に結果を発表した「国内上場企業の事業継続マネジメント(BCM)実態調査」によると、2018年8~9月の調査時点で「BCPを策定している」という回答は56.0%だった。上場企業は半数以上がBCPを策定しているになる。東日本大震災の前の2010年度の同調査では29.5%だったが、その後の8年間でその比率は約1.9倍に拡大している。
しかし、調査対象を上場・非上場を問わず全企業に広げると、BCP策定企業の比率は大きく下がる。帝国データバンクが2016年から毎年調査する「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査」によると、2019年5月実施の最新調査(有効回答数9555社)で「BCPを策定している」という回答は15.0%にとどまった。この数字は2016年以来15.5%、14.3%、14.7%、15.0%で、上昇することなく横ばい状態が続く。
2018年度は、上場企業対象の調査の56.0%に対し、非上場企業も含む全体調査では14.7%で、BCPの策定状況に大きな差がついていた。BCPだけが災害対策ではないが、「企業の災害対策は、上場企業では2011年の東日本大震災以来かなり進んでいるが、非上場の中堅・中小企業では遅々として進んでいない」と印象づけるような結果になっている。
この結果と数値が符合する別の調査結果もある。内閣府が2017年に被災企業を対象に調査した「平成29年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(有効回答数1078社)によると、「BCP策定・見直し」が「被害を受けた際に有効だった」と回答したのは13.9%だった。帝国データバンク調査の2017年のBCP策定率14.3%に非常に近い。
全企業に占めるBCP策定率はまだ低いが、策定済みの企業が被災したら、そのほとんどが「BCPは有効だった」と認識したことをこのデータは示す。BCPがなかったらそれがどれだけ有効かわからないが、策定済みの企業のほとんどは「策定してよかった」と思っている。
またBCP以外に「被害を受けた際に有効だった」のは、回答が多い順番に「備蓄品の購入・買い増し」「災害対応担当責任者決定、災害対策チーム創設」「安否確認や相互連絡のための電子システム導入」「避難訓練の開始・見直し」だった。
被災企業は被災後、52.1%が「備蓄品の購入・買い増し」を実施し、37.3%が「避難訓練の開始・見直し」を行っている。そんなモノやヒトへの直接的な対策だけでなく、「安否確認や相互連絡のための電子システム導入」(35.0%)、「災害対応担当責任者決定、災害対策チーム創設」(28.4%)、「BCP策定・見直し」(27.7%)のようなシステム、組織上の災害対策も上位を占めている。
これらの災害対策は、緊急用物資の備蓄や従業員の避難訓練、社屋や工場、店舗の耐震化工事、非常用電源や非常用無線電話の確保、保険の加入などに比べて地味で目立たないが、実は非常に重要で、災害発生時、それが人の生死や企業の存廃を左右することさえもある。
被災後、「初動対応がうまくいって、被害を小さく抑えることができた」と話す企業は十中八九、事前にBCPも含めシステム、組織上の災害対策をきちんと行ってきたところである。被災したら突然、ジャンヌ・ダルクのような強運の英雄が現れて、存亡の危機から救ってくれたわけではない。
専門家が教える、災害対応で必要な「4項目」
『世界に通じる危機対応 ISO22320:2011(JIS Q 22320)』(林春男、危機対応標準化研究会編著/日本規格協会)によると、災害時の危機対応には次の4つの特徴があるという。
- 平常時に比べてあいまいな状況での意思決定を迫られる
- 平常時に比べてはるかに仕事量が増える
- 平常時に比べて時間的余裕がない
- 平常時に比べて世間の評価が厳しい
このような状況ではリーダーの動きが重要になるが、リーダーがとるべき行動として、たとえば英国のリーダーシップ研究家ジョン・アデア(John Adair)は「状況認識の統一を図る」「活動の目標の共有を図る」「目標達成手段について合意する」「担当者を決定する」の4つを挙げている。
被災直後の特殊な状況下でこのようなリーダーシップを迅速に、確実に発揮するには、それ相応の準備が必要になる。それがBCPをはじめとするシステム、組織上の災害対策と、災害発生を想定した訓練である。それが不完全であれば、物資備蓄、耐震化工事を実施したとしても初動対応が迅速かつ的確に行えず、出さなくてもいい被害を出してしまう恐れがある。
では、災害発生時の対応を効果的に行うには何が必要なのだろうか?専門的に研究する東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センターの沼田宗純准教授によると、それは次の4点に集約されるという。
- 被害を見積もり、その時点で必要な業務を割り出せる災害対応業務プロセスの把握
- どんな情報を誰が集めて共有し、どう配信するかという情報の動線設計
- 避難場所、仮設の作業所などを決める空間的な機能配置
- リーダーが業務のバランスや個人の適性に応じてメンバーを編成し、動かしていくチームビルディング
「何よりも大切なのは心構え、基本知識と基本動作の考え方です。災害に備えて日頃からトレーニングしておくことで、いざという時にすばやく行動に移すことができます」(沼田准教授)
しかし今まで、その災害対応の基本知識、基本動作を本格的に学び、実践に役立つような実習ができる施設は、日本にはなかった。
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