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日本最大のドヤ街として知られる大阪市西成区のあいりん地区。かつて24回の暴動が発生し、貧困や差別など社会問題が凝縮したこの街が今、大きく変わろうとしている。日雇い労働者が暮らしていた簡易宿泊所に外国人バックパッカーが増えたほか、JR新今宮駅を挟んだ北側に南海電鉄の訪日外国人交流施設や星野リゾートのホテルが建設されることになったからだ。関西学院大社会学部の白波瀬達也准教授(社会学)は「地域が変貌しても労働者の貧困がなくなるわけではない」とみている。あいりん地区が変貌を遂げる中、労働者の福祉が置き去りにされることはないのだろうか。
日雇い労働者の高齢化で地区自体が縮小
あいりん地区はかつて、覚せい剤を打ったとみられる空の注射器などが道路に散乱していたが、ごみの不法投棄が一掃され、随分きれいになった。しかし、貧困地域特有のすえたような臭いが漂い、どこか近寄りがたい雰囲気も残る。
通りを歩いていて出会うのは大半が労働者の男性だ。タバコをせびってきた1人に話を聞いた。年齢は60代後半だろうか。靴はすり減り、作業着も薄汚れていた。白髪頭でうっすらと無精ひげをたくわえている。九州出身というが、「本名も年齢も忘れた」と笑う。
地区へ来たのは高度経済成長期が終わってから。地区内にあるあいりん総合センターで紹介される日雇い仕事は1995年度に1日平均3,700人分あったが、今は1,000人分を切った。なかなか仕事にありつけないそうだ。
それでも生活保護は受けていない。体が動くうちは働きたいと考えている。「昔は警官や役人相手に大声を出したこともあった。そんな元気はなくなったけど、奴らの世話にはなりたくない」という。
地区は西成区の北東部、山王、太子、萩之茶屋を中心とする一角にあり、別名釜ヶ崎。大正時代から失業者のたまり場となり、ドヤと呼ばれる簡易宿泊所が並んでいる。暮らしている労働者は1万5,000人ともいわれ、南部の三角公園周辺では路上生活者も多い。
3分の1以上が生活保護を受け、結核罹患率が全国平均の28倍。まるで世界最貧国のスラム街並みの状況が続く。労働者の多くが高度成長期に住みついたことから、高齢化も深刻だ。大阪市立大の推計では2020年に65歳以上の高齢者が占める割合が50%を超すという。単身者が多く、孤独死や路上死も珍しくない。
労働者の数は急減している。1960年代に3万人を数えたが、2035年に8,000人以下になるという推計もある。労働者の支援活動をするNPO法人釜ヶ崎支援機構の松本裕文事務局長は「地区自体が急激に縮小している」と指摘する。
南海電鉄、星野リゾートが大型再開発を計画
そんなあいりん地区に最近、大きな変化が見え始めた。簡易宿泊所が労働者の減少から外国人バックパッカー向けに改装を始めたことだ。缶コーヒー1本50円、簡易宿泊所1泊1,500~2,500円。圧倒的な価格破壊が好評を呼び、リュックサックを背負う外国人の姿が年ごとに目立ってきた。
簡易宿泊所前で会ったオーストリア出身の男性(30)は初めての来日。「治安が悪いと聞いていたが、地域の人は親切で優しい。料金が安いのに、食べ物がおいしいのが何より良かった」と笑顔を見せた。
複数のホテルや簡易宿泊所を経営して海外サイトに広告を掲載、大勢の外国人を集める業者があるほか、ここ1、2年はより広い客室を備えた格安ホテルの開業も相次いでいる。
その傾向をさらに助長させそうなのが南海電鉄と星野リゾートの計画だ。ともに計画場所は西成区のあいりん地区から新今宮駅をはさんで北側の浪速区。大阪下町のシンボル「通天閣」の近くにある。
南海電鉄が計画するのは外国人向けの交流施設。建設地は1962年から生活困窮者を受け入れ、自立支援してきた旧馬淵生活館跡で、市から約4,800平方メートルの土地を購入、日本で働きたい外国人と日本企業のマッチング拠点やゲストハウス、飲食店、バス駐車場などを整備する。
春ごろから建物を撤去して建設工事に入り、2019年9月に開業する。建物の延べ床面積は約3,000平方メートル。南海電鉄は「関西空港からの交通の便がよく、今後大きく変貌を遂げるエリア。地域のイメージを刷新できる交流施設にしたい」と力を込めた。
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