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経験を積めば積むほど効率よくその仕事がこなせるようになり、ひいてはコストが下がるという感覚は誰もが持っているでしょう。この感覚を実際のビジネスの現場で緻密な分析を重ね、モデル化したのがエクスペリエンス・カーブ(経験曲線)理論と呼ばれるものです。世界的な戦略コンサルティングファーム、ボストンコンサルティンググループ(BCG)の創業者が、経験曲線効果を理論にまで昇華させました。シンプルではありますが、それゆえとても分かりやすく、自分でも応用が利かせやすいツールです。
エクスペリエンス・カーブとは
エクスペリエンス・カーブ(経験曲線)とは、ある製品の累積生産量が増加していくと、単位当たりのコストが一定の割合で低下していく「経験則」のことです。一般に、累積生産量が2倍になるごとに、1個あたりのコストが10~30%ずつ減少すると言われています(その減少率は業界や製品によって異なります)。エクスペリエンス・カーブは製造業だけでなくさまざまな業界に見られます。特に、人的作業が多く含まれる業務では、機械作業ばかりの業務よりもカーブ(効果)が大きい傾向にあります。エクスペリエンス・カーブ効果が出る理由は、主に学習によるものです。個人や組織が特定の課題について経験を蓄積するにつれて、より効率的にその課題をこなせるようになります。また、新技術の発達、専門化などもエクスペリエンス・カーブが生じる要因のひとつです。
エクスペリエンス・カーブはどのように発見されたのか
時代は1930年代、第2次世界大戦前。米ライト・パターソン空軍基地にある工場では、さかんに航空機生産が行われていました。ここで航空機の生産機数が倍になると労働コストが20%ほど減少するということが発見され、これがエクスペリエンス・カーブ理論が生まれる契機だったと言われています。
戦後になると、生産量と労働コストの関係性についての研究が民間部門でもさかんに行われるようになりました。その後、1960年代に入り、世界的な戦略コンサルティングファーム、ボストンコンサルティンググループ(BCG)の創業者の一人、ブルース・ヘンダーソン(Bruce Henderson)氏が、エクスペリンスカーブを理論にまで進化させました。
ヘンダーソン氏は、ある製品の累積生産回数が倍になるごとに、生産回数あたりの総費用は一定かつ予測可能な速度で減少すると主張し、累積生産量の増加に伴って、単位あたりの総コストが低下していくことをモデル化したのです。
エクスペリエンス・カーブを実践的に活用する方法
ではヘンダーソン氏が見つけ出したエクスペリエンス・カーブの理論とはどのようなものだったのでしょうか。まず、横軸に累積生産量、縦軸に単位当たりのコストをとり計測値のプロットを行うと、下図のようなカーブが現れます。
例として、累積生産量が倍になるごとに15%のコスト減少を示すカーブが現れた場合、それを85%のエクスペリエンス・カーブと呼び、単位当たりの製造コストが1個目の製造コストの85%にまで下がったことを示します。
これを関数で表すと以下のようになります。
Cn=C1X-a
Cn:n番目の商品の製造コスト
C1: 1番目の商品の製造コスト
X:累計の生産回数
a:累積生産量のコスト弾力性(累積生産量の変化率/コストの変化率)
エクスペリエンス・カーブが発生する要因は何か
エクスペリエンス・カーブは多様な産業の観測と実データから導き出されたものですが、実はその正確なメカニズムはいまだに解明されていません。
現在、エクスペリエンス・カーブが発生する要因として最も大きな影響を及ぼしているのは「労働者の学習」だと考えられています。特定の作業を繰り返すうちに能率が向上し、作業の専門化が進むからです。
他にも生産設備の能率向上も関係していると考えられています。設立当初の生産効率は 比較的低水準であり、製造経験が増すにつれて設備が改良されていく場合が多いからです。
また、経験が蓄積されるにつれて、より良い材料が判明したり、より安価な仕入れ先が見つかったり、画期的な方法が生み出されたりすることなども、エクスペリエンス・カーブが生じる要因だと言われています。
エクスペリエンス・カーブの活用方法とは
では、エクスペリエンス・カーブの法則論は、戦略としてはどのように活用されるのでしょうか。
ここで、競合同士であるA社とB社が、同じエクスペリエンス・カーブ(青線)に従って、ある製品の生産をしているとします。
下図は、長くB社が存在していたマーケットに新しくA社が参入してきた際の状態を表しています。A社が製品の生産を始めたばかりの時点で、B社はすでに累積生産量を積み上げているので、B社の単位コストはA社のものよりかなり低くなっています。
同じ価格でこの製品を販売する場合、より大きな利益を得られるのはB社です。このとき、もしもB社が価格を下げる動きに出た場合、A社も同じく価格を下げることが強いられます。
A社にとっての赤字となる価格まで下げれば、A社をマーケットから退場させてしまうことも可能です。A社が消え去った後、再び大きな利益を求めて元の価格に戻せばよいのです。B社の一人勝ちというわけです。
しかし、このときB社が上記のような戦略を取ることを怠った場合はどうなるのでしょう。その場合の状況を図示したものが下図です。
A社も着々と累積生産量を積み上げ、エクスペリエンス・カーブに沿って製品製造コストを下げてきます。参入したばかりのA社はむしろエクスペリエンス・カーブの効果を大きく効かせることができますが、B社にはそれができません。
次第にA社とB社の製造コストの差は小さくなり、力の差がなくなってきます。この状況にまで陥ったら、B社が一人勝ちをするのはすでに難しいでしょう。
このように、エクスペリエンス・カーブ法則論は未来を見据えながら、導入期、成長期、成熟期、衰退期における業界構造のモデリングや分析に用いることができます。他にも、事業への参入の意思決定や価格設定、入札、コスト管理、ベンチマーキングなどに用いられています。
【次ページ】エクスペリエンス・カーブを活用した企業の事例
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