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バイデン米大統領は就任後初となる来日に合わせて、米国主導の新たな経済連携「インド太平洋経済枠組み(IPEF:アイペフ)」の発足に向けた協議の開始を表明した。日本も岸田総理大臣が参加を表明しており、計13カ国で発足する見通しだ。バイデン大統領が対中国などで重要視しているIPEFは法的な拘束力を持たない「ゆるい連携」ではあるが、インド太平洋地域で米国型国際基準の巻き返しを狙う。しかし米国がIPEFで最重要課題と位置付けるデジタル基準の内容を分析すると、国際基準の巻き返しの先を見据えた米国の思惑が浮かび上がってきた。
IPEFはTPPの代替案か? 米国復帰の「つなぎ」か?
米国ではトランプ前政権が2017年1月に、日本も参加する環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱した後、米財界および実業界に近い共和党主流派や民主党主流派は、米国のTPP復帰を模索してきた。
しかし、米国内における脱グローバル化の潮流を体現した共和党トランプ派や民主党進歩派からのTPP復帰反対論の勢いは衰えなかった。そのため、保革のどちらであっても、政治家が「自由貿易」「グローバル化」「TPP」を唱えることは政治的自殺に等しい。トランプ前大統領が定めた環境政策や安保政策を次々とひっくり返したバイデン大統領も2021年1月の就任以来、TPP復帰に関しては慎重姿勢を貫いてきた。
そうした中でも、中国がインド太平洋地域でのプレゼンスを着々と高め、なし崩しで通商ルール作りの主導権を米国から奪う可能性が高まっている。「デジタルシルクロード」構想を掲げる中国による、2021年9月のTPP加盟申請や2021年11月のデジタル経済パートナーシップ協定(DEPA、シンガポール主導)への加盟申請、2022年1月に米国抜きで発効した地域的な包括的経済連携(
RCEP)協定などが好例だ。このため、米国商工会議所をはじめ、超党派の米通商関係者はTPP復帰を事あるごとに要請してきた。
たとえば、2021年9月には米通商代表部(USTR)の元次席代表代行であるウェンディ・カトラー氏が、「バイデン政権は、米国以外の国がグローバル経済のルールを固めてしまうことを座視してはならない」と主張。
元駐ベトナム米国大使のテッド・オシウス氏も2021年11月に、「デジタル経済は、民主化の力強い推進力だ。米国がTPPへの再加盟で電子商取引のルール作りに参加できれば、世界中の中間層における経済的なチャンスを高めることができる」との見解を示すなど、何らかの形で米国がアジア太平洋地域の経済、「特にデジタル分野」における米国のリーダーシップ復活を強く求めてきた。
しかし、TPPは米有権者にそっぽを向かれている。加えて、TPP加盟国による米国市場へのさらなるアクセスや輸入関税引き下げは米議会で承認されにくい。そのような保護主義的な政治環境は一朝一夕には変えられない。
そこで、2021年10月にバイデン大統領が提唱した「インド太平洋経済枠組み」の概念を発展させ、今年に入ってから急速に具現化した。それが、法的拘束力を伴わず、反グローバル化を主張する人々にも受け入れられやすい労働者保護や環境保護を盛り込んだ新たな経済圏の枠組み「IPEF」というわけだ。
IPEFとは何か? その特徴は?
IPEFとは、(1)公平で強靭性のある貿易、(2)サプライチェーンの強靭性、(3)インフラ、脱炭素化、クリーンエネルギー、(4)税、反腐敗の4つの柱から構成される通商枠組みのこと。
この米国の巻き返し策であるIPEFの特徴は、トランプ前政権下で2020年に発効した米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)をモデルにしていることだ。USMCAは電子商取引、知的財産権保護、農業市場開放などの分野でTPPの路線を踏襲しつつ、労働者保護や環境保護、原産地規則などの分野で共和党トランプ派や民主党進歩派も納得できる妥協的な内容を盛り込んでいるところに新味がある。
すでにIPEFに関してバイデン政権は米国内において米財界からのインプットをはじめ、パブコメ募集などで周到な根回しを済ませている。また対外的には、ジーナ・レモンド米商務長官とキャサリン・タイ米通商代表が中心となって日本をはじめとする地域各国で根回し工作を行ってきた。
IPEFは日本やオーストラリア・ニュージーランドなど米国の地域同盟国をはじめ、シンガポールや韓国など民主主義の価値観を共有する国々が中心となって発足。いずれは現在難色を示すインドやインドネシア、ベトナムなど重要な国々を取り込んでいきたい考えだ。
参加国はまずIPEFで通商ルールの方向性を明確に示した上で、長期的には法的拘束力のないIPEFを、法的拘束力の伴うTPPへと発展解消させること、さらには米国のTPP復帰を念頭に活動を強化してゆくと思われる。IPEFは、米国のTPP復帰への「つなぎ」的存在であると同時に、TPPを進化させる触媒、あるいはデジタル分野のみを扱う単体の通商条約の下地として構想されているのだ。
【次ページ】デジタルの国際基準で見えた「米国の思惑」
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