- 2021/02/27 掲載
「Netflix」は映画ビジネスを殺すのか? コロナ禍で壊れた“共存共栄”(2/3)
稲田豊史の「コンテンツビジネス疑問氷解」
Netflix会員500万人の「上限」
技術の進歩による視聴メディア環境の変化によって、娯楽の提供形態が変わる。これはいつの時代にもあった。音楽配信によってCD市場は“死んだ”し、安価な定額制動画配信サービスの普及は、DVDレンタル産業を削った。そう考えれば、新型コロナがきっかけとはいえ、便利で安価な配信が映画興行の領域を侵食するのは仕方のないことではないか? しかし、映画配給会社で宣伝業務に携わるB氏は言う。
「おっしゃることはわかります。本編を観るだけなら、家で観たっていい。うちにも小さな子供がいますから、わざわざ都心のシネコンに連れていく大変さを考えたら、リビングで観られるほうが楽です。ただ、たとえばファミリー向けの『2分の1の魔法』や『ソウルフル・ワールド』のようなネタバレ厳禁の展開って、劇場で体感して、その熱気さめやらぬままSNSに投稿して、口コミが広がって、『観た? おもしろかったよ』『そうなんだ! 早く観たい! じゃあ今週末行く!』みたいな感じにならないと、宣伝としては盛り上がらないんですよ。今すぐ家のテレビで観られないからこそ、期待値が高まる。配信だと、そういう波が生まれにくい」(配給会社・B氏)
さらにB氏は、定額制動画配信サービスがコロナ禍で会員数を増やしたとはいえ、「まだまだ」と言う。Netflixは昨年(2020年)9月、日本の会員数が500万人を突破したと発表しているが……。
「だって、500万人全員がある作品を鑑賞したとしてもですよ、動員数500万人に相当するのは、劇場興収で言うなら70億円規模の作品です。大ヒットではあるけど、それが最大値だとすると、さすがに小さい」(配給会社・B氏)
『君の名は。』(250億3000万円)、『アナと雪の女王』(254億7000万円)とまではいかなくとも、実写版『アラジン』(121億6000万円)や『トイ・ストーリー4』(100億9000万円)にさえ及ばないことを考えると、たしかにまだまだだ。
「『Disney+』に至っては、仕事関係者以外で加入している人を、私の周囲ではほとんど見かけません。それも当然で、普通の家庭だったらNetflixとAmazonプライムで十分。3つも有料の配信サービスを契約しようなんて、なかなか思いませんからね。本来『ソウルフル・ワールド』は良質なファミリー向けCGアニメとして、広く観られるべき作品ですが、かなり限定された人しか観られない状況なのは、残念でならないです」(配給会社・B氏)
誤解のないように言っておくが、筆者も劇場存続を望む派だ。映画館の体験は自宅TVモニターでの体験とは(優劣ではなく)別物だと思っている。ただ一方で、劇場公開を介さない、配信ダイレクトの“映画作品”が、特にNetflixから山ほど供給されている事実も、無視できない。
Netflixは「2021年は毎週新作映画を配信する」とアナウンスしている。その内訳は、大手ハリウッドメジャーがリリースする作品と、製作予算・監督・俳優バリューの面で遜色ないばかりか、本数では完全に圧倒している。
もはや「映画は劇場で、連続ドラマは定額制動画配信サービス(Netflix)で」という棲み分け図式は消えた。Netflixは確実に、「映画」の領域を侵食している。そして、Netflixのスキームに「劇場興行」という産業体は含まれていない。
0を100にする映画興行、100を1000にするNetflix
現在のコロナ禍においては、作品の「出口」としての劇場興行には不安がつきまとう。であれば、劇場公開を介さないNetflixによる配信は、製作サイドにとっても得策ではないのか。少なくとも、「居住地域に関係なく、全世界の会員に視聴機会が与えられる」「映画興行と違い、一旦配信されれば、契約によって取り下げられるまでずっと視聴可能」というメリットは魅力的に思える。その点を、映画製作プロデューサーのC氏にぶつけてみた。
「Netflixが製作費の初期費用を払ってくれるのは、確かにいい話です。映画でなくNetflixオリジナルドラマではありますが、『今際の国のアリス』の現場に回る資金はすごく潤沢だと聞いていますし、一昨年(2019年)盛り上がった『全裸監督』のような作品を作る動きも、今後どんどん出てくるでしょう」(プロデューサー・C氏)
ただC氏は、Netflix発でヒットしたドラマシリーズがあることは認めつつも、劇場公開の映画とNetflix作品には根本的な違いがあると、指摘する。
「宣伝です。NetflixはTVCMも使って新作をバンバン宣伝するけど、その新作って、もともとある程度認知されている俳優・監督を起用した作品ばかりですよね。例の“毎週配信される新作映画”はもちろん、日本のNetflixオリジナルドラマもそう。彼らは無名のキャストや監督の認知度を、現時点では自分たちの力では上げられない。というか、そういうビジネスをしていない。
だけど、映画興行って違うじゃないですか。有名な人を起用した超大作が公開される一方、出てる人も監督も誰ひとり知られていない作品を、配給や宣伝や劇場の力、そして作品に魅了されたファンの力で頑張って世に出した結果、ゼロだった知名度が100になることがある。『カメラを止めるな!』がいい例ですよね。映画業界は今まで、そうやって映画館を起点に、ファンと共に監督や俳優を育ててきました。『映画館に育てられた』と恩を感じている監督や俳優だって多い」(プロデューサー・C氏)
【次ページ】Netflixは映画業界が育てた人材を「刈り取って」いる?
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