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- 2018/09/07 掲載
難聴者向けの「ミライスピーカー」はなぜ大手金融機関でヒットしているのか?
難聴者を救い「音のバリアフリー」を実現する
一般社団法人日本補聴器工業会が実施した「Japan Trak 2015」の報告によれば、日本人の9人に1人は聴力に問題を抱え、音がうまく聞き取れていないという。音が聞き取れないことによって生じる不便さ、不自由さは、数え切れないほどある。耳を通じて情報を得ることが難しいと、生活する上で活動が制限されたりするだけでなく、家族との生活や災害時の安全確保も難しくなる。
音のバリアフリーを実現し、難聴者も健聴者と同じく音や声が聞き取れる社会を実現する--。このような壮大なビジョンを掲げて登場したのが「ミライスピーカー」である。
開発したのはベンチャー企業のサウンドファン。2015年10月に発売を開始し、現在「Boxy(ボクシー)2」と「Curvy(カーヴィー)」の2つをラインナップしている。個人ユーザーはもちろんのこと、野村證券やりそな銀行東京中央支店、日本航空、西武鉄道など大手企業などでも採用され、これまでに1500台超出荷されている。
曲面振動板がもたらす驚異的な聞こえやすさ
「ミライスピーカー」が他のスピーカーと決定的に違うところは、曲面振動板を採用していること。コーン型振動板を採用している一般的なスピーカーの音は一点の音源から発せられるため、距離が離れるほど音が弱くなりやすいという特性があるが、「ミライスピーカー」の音は音にエネルギーがあり、小さな音でも遠くまではっきりと耳に届けることができる。騒々しくない環境であっても、オルゴールの音は10メートルも離れれば聞こえないはずだが、U字形に曲げた下敷などが触れた状態でオルゴールを鳴らすと、10メートル近く離れていてもはっきりと聞こえる。
取材時にこれを実演していただいたが、遠くで鳴っている小さなオルゴールの音が、近くで普通に聞いた場合と同等に聞こえたときは、さすがに驚いた。佐藤氏によれば、この現象を応用すれば、80メートル程度離れたところから発せられた小さな音も明瞭に聞こえるという。
音は通常、距離の3乗に反比例して放物線を描くようにして減衰するが、この現象の場合は直線的にゆっくり減衰することから、通常より音が小さくなりにくく離れていても音が聞き取りやすくなる。そのため、駅のコンコースのようなザワザワした環境下で活用すれば、難聴者はもちろんのこと健聴者にとっても聞こえやすくなる。
ただ、振動板を曲面にすることで音がはっきり聞こえるようになる理由は、いまなおはっきりわかっていない。現在、千葉大学フロンティア医工学センターとの共同研究で、曲面振動板を用いたスピーカーによる聞こえや聞き取りのメカニズムの解明にあたっているところだ。
「ミライスピーカー」で最初に発売されたのは、〈Boxy2〉の前身にあたる〈Boxy〉。〈Curvy〉は2017年3月に発売された。〈Curvy〉はテレビ、マイク、スマートフォンを同時に接続できる〈Boxy〉の上位モデルで、性能だけでなくデザイン性も高めた。
「私たちの商品は音そのものが商品であり、デザイン家電でもなければ調度品でもありません。ですが、そうはいっても武骨なものよりは洗練されたものの方が喜ばれるので、〈Curvy〉を開発しました」と佐藤氏は話す。
また、〈Boxy2〉は〈Boxy〉のアップグレードモデルで、2017年4月に発売された。唯一の違いはアクチュエーター。〈Boxy〉が中国製の既製品を使ったのに対し、〈Boxy2〉は自社開発のものを搭載し音質を高めた。
蓄音機に見出した「ミライスピーカー」のヒント
「ミライスピーカー」の開発は、現在87歳になる佐藤氏の父親が老人性難聴になったことをきっかけに始まった。症状が重いことから何とかしたいと考えていた2013年夏、佐藤氏は友人を介して蓄音機を使って音楽療法を行っている大学教授の存在を知る。一般的なスピーカーを使って老人に音楽を聴かせた時より、蓄音機で音楽を聴かせた時の方がよく聞き取れるという話に興味を持ち、その大学教授に詳しい話を聞くことにした。話を聞き蓄音機のラッパに秘密があるとみた佐藤氏は、同行した技術者が持っていた振動スピーカーにラッパのように曲げた下敷を組み合わせて音を鳴らしてみたところ、通常の振動スピーカーより音が出ることを確認した。
早速試作機をつくりテレビの音声を父親に聴かせたところ、佐藤氏が聞いて小さいと感じる音を、補聴器を外した状態で「聞こえる」と反応した。逆に、テレビから直接音声を聞いた時は、音量を上げても補聴器がないとまったく聞こえなかった。「この現象を応用すれば、誰にでもよく聞こえる」と確信した佐藤氏は、事業化するべく同社を起業した。
ただ、効果が確かなものかを検証するべく、起業してもまずは各地の介護施設や中途失聴・難聴者協会を訪ねてデータ集めに奔走する。その一方で、蓄音機を使った音楽療法を行っている大学教授のところに一緒に行った技術者は、開発や量産の準備にあたった。
準備に要した期間は2年。この間、試作機を用いて600人の協力を得て、聞こえ方を評価してもらった。
試作機レベルでも難聴者から聞こえ方が高く評価されたが、問題は健聴者にはやや聞きづらい音だったこと。曲面振動板を使うと中音域が強調されてしまい、音がHi-Fi(High Fidelity、再生される音が原音に忠実であること)でなくなるためだ。公共空間で使用すると健聴者には聞き取りづらいレベルだったことから、中音域の音質を改善する必要性があった。
筐体を鳴らして低音を強調するなどして解決を図ろうとしたが、最終的にはハイブリッド化で解決することにした。正面に曲面振動板を使ったスピーカーを配置した一方で、側面に低音から高音までをまかなうフルレンジスピーカーを配置(Curvyは背面に配置)。両方のスピーカーから聞こえる音の合成音を聞いてもらうことにより、健聴者にも聞き取りやすい音質にした。
【次ページ】各業界のトップ企業から攻略するオセロ戦略
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