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- 2012/11/30 掲載
【大森望氏×豊崎由美氏インタビュー】「メッタ斬り!」シリーズの著者に聞く文学賞の仕組みとお金(3/3)
『文学賞メッタ斬り』著者 大森望氏、豊崎由美氏対談
博打すぎる世界なので商業的な行為としてはあり得ない
──新しい文学賞を作ろうと思ったら、どういう手順を踏めばいいんですか?豊崎氏■作るのは勝手ですよね。わたしも、年間ベスト小説をツイートで投票する「Twitter文学賞」を勝手に作っちゃったし(笑)。
大森氏■届出とかも特にいらない。
──お金もいらない?
豊崎氏■うん。あー、でも、授賞式って大きいのかなあ。ちゃんと賞金が出て、ブロンズ像や高級時計みたいな正賞がついてきて、一流ホテルでお披露目して──そういう派手な演出をしないとメジャーな賞にはなりにくいのかも。TwitterとかUstreamとかネットだけじゃなく、リアルな社交の場を設けたほうがやっぱりいいのかなあ。
大森氏■全然関係ないよ。
──え、関係なかったんですか?
大森氏■うん。業界の慣例っていうだけだから。宝島社の「このミステリーがすごい!」大賞なんか、そんなところに経費を使うのはもったいないからっていって、授賞式は関係者を集めて内輪でやるだけ。「このミス」大賞シリーズは10年間の累計で1600万部も売れてるのに。宝島社は文芸出版社じゃないから、慣例とか気にする必要がない。
豊崎氏■でも、「このミス」大賞は、賞金1200万も出して、個人ではとても用意できない額なわけじゃないですか。いやらしい話かもしれないけど、どうして「このミス」にいい小説が集まってくるかっていったら、そりゃ賞金につられてだと思いますよ。
──どうせ応募するんだったら、賞金が大きいのは魅力ですね。
豊崎氏■そうでしょ? たとえばわたしが、「芥川賞なんて納得いかないから、新しい賞作るんだー!」って言っても、お金はどうするの? って思うじゃないですか。どんな有望な新人が賞金のないトヨザキ社長賞に応募してくれるというのかっ。
──しかもそれを毎年毎年やるとなったら大変。
大森氏■メディアは「賞金史上最高額!」とかいって取り上げるけど、新人賞に本気で応募する人は、賞金よりも、自分の原稿が本になって書店に並ぶのが一番の夢なんですよ。賞金額は、応募総数には関係するかもしれないけど、賞金額が高いからといって質が高い原稿が集まるわけじゃない。東京創元社の鮎川哲也賞は、本格ミステリの新人賞では一番大きい賞だけど、賞金は受賞作の印税だけ。
──応募する人にとってはあんまり関係ないんですか。
大森氏■前回の直木賞候補になった宮内悠介の『盤上の夜』なんか、表題作は創元SF短編賞の山田正紀賞(選考委員特別賞)受賞作だけど、賞金はページ割の印税だけだから、せいぜい数万円(笑)。結局、選考委員の顔ぶれとか、ちゃんと評価してもらえるかどうかっていうほうが大きい場合もあるんです。とにかく応募作をたくさん集めたいなら賞金額は高い方がいいけど、高ければいいわけじゃない。それを実証したのがポプラ社小説大賞。
──あー。大賞2000万円。水嶋ヒロの『KAGEROU』。
大森氏■結局、5回やった中で大賞が出たのは2回だけ。賞金2000万円を受けとったのは第1回の方波見大志ひとりだけだったという。1回目なんか応募が2746編もあって、選考経費がものすごくかかったけど、結局大変なだけだった(笑)。まあ、最後に『KAGEROU』で元はとったからいいんだろうけど。
――発売から2週間足らずで100万部ってニュースになってましたよね。
大森氏■とにかく、賞を成功させるのに高額賞金が必須なんてことは全然ないです。「このミス」大賞だって、ひとりで1,000万部くらい売ってる海堂尊がたまたま出たから続いてるだけで、それも賞金額よりタイミングのほうが大きい。新人賞は応募されてくる作品を選べないから、すごい博打なんですよ。それは文芸書全般についても言えることで、全体としてはすごく売れてなくて、ビジネスとしてほぼ成り立たないんだけど、書店での扱いは分不相応にいいわけ。
──必ず目立つコーナーにありますよね。
大森氏■平台のいいところに並べてあるでしょう。これがコンビニだったら、そもそも並べてもらえない。どの商品がどれだけ売れたかを示すPOSデータを見ても、「これを並べるのはやめましょう」っていう商品が大量に並んでいる。それはなぜかというと、ときどき爆発して売れる本が出るから。映画化やドラマ化で、一瞬だけ、みんなが知ってるタイトルになったりする。博打すぎる世界なので、普通のビジネスとしてはあり得ない。
豊崎氏■先行投資のあり方としては、一般企業の感覚からすると、「よくそんな危ない橋をわたってるね」「出版って脇が甘いね」とか言われてしまうかもしれないですね。「うちの業界だったら、この賞とこの賞とこの賞はとっくに廃止してる」って。でも、文芸って創造の世界じゃないですか。継続的に小説を書けないタイプの作家はけっこう多いんです。そんな中、ちょっとした賞金もらえたり、増刷してもらえると、「はあっ」って息がつけるの。救われるんですよ。全体の3分の1くらいの作家がそれで生かしてもらっていると思う。特に純文学は売れないから、それでも書き続けてもらうために、あえて販売効果が見込めないようなマイナーな文学賞でも残してくれてる出版業界は甘くて優しいところだと思います。
(執筆・構成:加藤レイズナ)
1961年2月2日生。高知県出身。京都大学文学部英文科卒業。書評家・SF翻訳家。著書に『新編 SF翻訳講座』(河出文庫)、『21世紀SF1000』(ハヤカワ文庫)、『狂乱西葛西日記20世紀remix SF&ミステリ業界ワルモノ交遊録』(本の雑誌社)など。編訳書に、シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』『輝く断片』(河出文庫)、フィリップ・K・ディック『アジャストメント』『トータル・リコール』(ハヤカワ文庫)など。訳書にコニー・ウィリス『犬は勘定に入れません』『ブラックアウト』(早川書房)など。共著に、北上次郎との『読むのが怖い!』シリーズ(ロッキングオン )などがある。豊崎由美との共著に『文学賞メッタ斬り!』『文学賞メッタ斬り!リターンズ』『文学賞メッタ斬り! 受賞作はありません編』『文学賞メッタ斬り! 2008年版(たいへんよくできました編』『文学賞メッタ斬り! ファイナル』(PARCO出版)がある。
公式サイト:nozomi Ohmori SF page (since Mar.31 1995)
Twitter:@nzm
●豊崎由美(とよざき・ゆみ)
1961年生。愛知県出身。東洋大学文学部印度哲学科卒業。ライター。『GINZA』『本の雑誌』『TV Bros.』などで書評を多数連載。著書に『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)、『勝てる読書』(河出書房新社)、『正直書評。』(学習研究社)、『読まずに小説書けますか 作家になるための必読ガイド』(メディアファクトリー)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る!篇』(本の雑誌社)などがある。岡野宏文との共著に『百年の誤読』(ちくま文庫)、『百年の誤読 海外文学編』(アスペクト)がある。
公式ブログ:書評王の島
Twitter:@toyozakishatyou
※なお、豊崎由美氏の「崎」は正しくは「大」が「立」となります。
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