『文学賞メッタ斬り』著者 大森望氏、豊崎由美氏対談
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出版社同士のお友達行為
『文学賞メッタ斬り! ファイナル』
豊崎氏■文学賞って、実は賞金自体はたいしたことなくて、授賞式にものすっごいお金がかかるんですよ。東京會舘や帝国ホテルで開くわけですから。
大森氏■ちゃんと授賞式を開こうと思うと、コストがすごいかかる。一流ホテルで何百人も呼べば、当然、何百万もかかるし、選考経費だけでも1年に1,000万とか必要なんです。全部ひっくるめて考えると、公募新人賞の場合、受賞作は大変な部数を売らないと回収できない。
豊崎氏■五大文芸誌の新人賞はみんな赤字だと思います。
大森氏■だから各賞単独の授賞パーティーって、なかなかない。芥川賞と直木賞ですら一緒にやるでしょう。新潮社も、三島由紀夫賞、山本周五郎賞、川端康成文学賞と自社の賞を3つ一緒にやるよね。新潮新人賞や文學界新人賞なんかだと、だいたい関係者が集まってご飯食べて終わりみたいな。
──どのくらい本が売れればペイできるんでしょう。
大森氏■1,600円の本を5万部売り切ると、出版社の粗利が3割として2,400万円だから、なんとか選考経費が出るかな。でも、今どき、この数字をクリアできるのは、江戸川乱歩賞とか「このミステリーがすごい!」大賞くらい。しかも実際は返品があるから台所事情はもっと苦しいよね。10万部超えたら万々歳だけど、そんなことはめったにない。受賞者がそのあともどんどん書いて、毎回5万部くらい売れてくれたら新人賞をやった甲斐があったね、っていう話になるけど、最近は、大きな新人賞の場合でも、受賞作1作しか売れない。2作目3作目はぱたっと売れゆきが止まる傾向にあるので、そうするとほとんど割に合わないんです。エンターテインメント系でも収支がプラスになってる小説新人賞は数えるほどじゃないかな。
豊崎氏■なのになぜパーティをやるかというと、印刷所とか取次の人とか、普段お付き合いのある人たちへの接待と、名刺交換の場になるから。あと、パーティがなくなったら大森さんが文壇ゴシップを書けなくなっちゃう。
大森氏■ふっはっは。
──え、パーティでネタを調達してるんですか?
大森氏■文学賞のパーティは、ほぼ公の場ですらからね。そこで起きたことをなんでもネタにするわけじゃないけど、たとえ二次会でも、マイクを持ってしゃべったことは報道してもいいだろうと。
──大森さんの前ではうかつなことは言えない……。
大森氏■まあ、公募新人賞以外の文学賞って、基本的には作家のためですよね。「よくぞがんばってくれました!」って、作家のモチベーションを上げてもらう。会社だと、勤続何年で表彰して金一封を出しますけど、それに近い。でも、文学賞の場合は、自分の会社で書いてる人にだけあげているとお手盛りとか言われる。逆に、よその会社の賞はたくさんもらってるくせに、自分の会社では他社の本にも与えるような文学賞をやってないと、フリーライド、タダ乗りじゃないかって話になるわけです。
──会社同士のやりとりなんだ。
大森氏■角川書店なんて長いことタダ乗りだったけど、新しく山田風太郎賞をつくって、まずお世話になった文藝春秋さんにとりあえず……みたいな(笑)。
──文春のどれかの作品に賞を。
豊崎氏■出版社同士の贈与行為だ(笑)。お中元とかお歳暮みたいな。
大森氏■そういう側面もありますよね、という話。選考委員がそこまで配慮するかどうかはぜんぜん別の話ですよ。
文学賞は人の名前をつけたほうがメジャーになりやすい気がする
──僕のイメージとしては、やっぱり自分のところの本を売りたいから、出版社がやっている文学賞は自分のところの作品を受賞させる。出版社の自作自演なんじゃないかって思ってたんですよね。
豊崎氏■たしかに、『
文学賞メッタ斬り!』をはじめた当初は、芥川賞、直木賞ともに「文藝春秋」が自社の作品に賞をあげているだけじゃないかという感じが強かったですね。
大森氏■自社受賞率って、最近は芥川賞より、新潮社の三島由紀夫賞とかのほうが高かったりするんですよ。芥川賞は今、ものすごく公平な賞。文春がめったにとれない。
豊崎氏■「芥川賞は三島賞を見習え!」とか言ってたのに、いまや逆。でも、芥川賞の自社率が減ったのは、文學界新人賞の作品のクオリティが下がってきているという理由もあると思うんです。
大森氏■そのうち一気に回収モードに入るかもね。
──賞の体質が変わったとかじゃなくて、周期の問題なんですね(笑)。あ、疑問に思ったのは、文学賞ってほとんどが人名なんですよね。出版社の名前をつければ、もっとわかりやすいのに。
大森氏■ないわけじゃないけどね、講談社児童文学新人賞とか。角川春樹事務所の角川春樹小説賞とかすごくわかりやすい(笑)。
豊崎氏■名前のほうがいい理由はあるでしょうね。大江健三郎賞は講談社が手伝っている賞だけど、あれは大江健三郎さんが「死んだあとに、自分の名前を冠した文学賞をつくられるのはいや」という理由で始まった賞です。あとは賞の箔をつける意味もあるんじゃないかな。だって、文藝春秋は知らなくても、芥川龍之介は知ってるでしょ。
──教科書にも載っている作家ですし。そういうわかりやすさなんでしょうか。
豊崎氏■ノンフィクションの賞もそうですよね。講談社ノンフィクション賞より、大宅壮一ノンフィクション賞のほうが、わたしの中では格が高いイメージがあります。
──大宅文庫の、大宅ですね。
豊崎氏■なんか、人の名前をつけたほうがメジャーな賞になりやすい気がするんですよ。人名って喚起されるイメージ力みたいなものがあるでしょ。講談社よりも、「一億総白痴化」という流行語を作った大宅壮一のほうがイメージ喚起力がある、みたいに。
大森氏■あと、NHKで紹介してもらいやすいとか。
豊崎氏■あー、商品名、企業名だとまずいという意味ですか。まあ、絶対そんなこと考えてないと思うけど(笑)。
大森氏■いや、公平性を担保するというタテマエを考えて、会社名にしてないんじゃないの。本当はお手盛りだとしても、そういう風に見えないようにやっている。そう思うと、野間文芸賞とかは直球ですね。
豊崎氏■歴代講談社社長の野間家ね。
大森氏■野間文化財団のお金でやっているから、野間文芸賞とか野間文芸新人賞とかになる。大きい賞では珍しいんじゃないの。スポンサー名が付いている文学賞って。むしろ賞を作るときは、誰の名前を借りてくるかが最大のポイントになる。だから、直木賞って珍しいんですよ。
豊崎氏■そう、「文藝春秋」社長の寛ちゃん(菊池寛)が、友人の直木三十五のために作ったという、友情の証みたいな文学賞名ですもんね。
──そうだったんですか。芥川龍之介に比べると、そこまで名前を聞いたことがなかったので、誰なんだろうと思っていたことがあります。
豊崎氏■直木三十五さんは、直木賞の存在によって、作品は読まれてないのに名前だけが有名な作家として文学史に輝いております。