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  • 2021/03/18 掲載

大日本印刷(DNP)の意外な世界No.1とは? 今だから言える「痛恨のM&A失敗」

連載:イノベーションの「リアル」

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液晶テレビなどの最前面に組み込まれる偏光板。その表面には、画面の傷つきを防止したり、照明や外光の映り込み、眩しさを抑える「機能性フィルム」が必須だ。そんな縁の下の力持ちと言える製品で世界No.1のシェアを誇る企業がある。日本の印刷業界を代表する大日本印刷(以下、DNP)だ。同社は、印刷のコアとなるコーティング技術をベースに、フラットパネルディスプレイ分野の機能性フィルム市場を席捲中だ。製品開発をリードしてきた同社フェロー 中村 典永氏に、シェアトップを獲得するまでの道のりを聞いた。
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大日本印刷
フェロー ファインオプトロニクス事業部副事業部長
中村 典永氏

韓国への進出が大きな契機に

(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──まず、御社が偏光板用機能性フィルム(注1)で世界No.1のシェアを獲得できた理由からお聞かせください。

注1:液晶テレビなどの最前面に組み込まれる「偏光板」の表面に必ず使われる、画面への傷つきを防止したり、照明や外光の映り込みや眩しさを抑えたりするフィルム

中村氏:いくつかポイントがあります。まずDNPは、本や雑誌の出版印刷だけでなく、多彩な分野で印刷技術を生かした製品を開発してきました。テレビやモニターの表面に搭載する機能性フィルムもその1つです。当時ディスプレイ業界はパネルを暗室で評価していたため、実際に使用される明所での評価が行われていませんでした。パネル表面に搭載される機能性フィルムは外光の影響を受けて良くも悪くもなるため、実際に使用される明所での評価を行いました。これで顧客企業の悩みに応え、こちらから提案ができました。

 次に国内でなく、勢いのある海外で戦ってきたこともポイントです。1990年代中頃の国内は、機能性フィルム市場は数社で押さえられ、我々にとって高い壁がありました。そこで、韓国でパネルメーカーが本格的に立上げを行う時期に合わせて韓国に進出したのです。そのうち、この分野は日本が下火になり、韓国や中国が中心になっていったという経緯があります。顧客企業と共に成長できたのです。

──競合製品に勝って、ここまでシェアを拡大できたのは、どこに差があったからでしょうか?

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ギラツキがない防眩性と、耐指紋性を備えた「AGLRシリーズ」(左)。この製品は車載用ディスプレイなどの最表面に付けるフィルムとして非常に実績がある
中村氏:韓国に進出した時、顧客から技術的な課題を指摘されました。ディスプレイ上に機能性フィルムを付けると、光が強かったり弱かったりしてギラつくのです。当時そのような指摘は、他の企業からは無かった。

 これを直す方法として、内部散乱技術を見つけ、特許を取ったことが大きかったですね。この技術で他社をリードし、大手フイルムメーカーとも協業しました。一時期はシェア80%近くまでいきました。この「アンチグレア」(AG)という防眩フィルムは、今でもDNPの機能性フィルム事業の柱になっています。

──そもそも中村さんは、いつごろから本事業に関わられたのですか?

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同社の機能性フィルム。液晶テレビなどの最前面に組み込まれる。毎年、高輝度などの機能を少しずつ向上させながら、メーカーの要求仕様にこたえていった
中村氏:入社1年目からです。1980年代後半に国内パネルメーカーから直接、偏光板への機能付与の依頼があったのですが、偏光板がどのように製造されるかを理解しておらず、うまくできませんでした。1990年代に入り、偏光板メーカーから、「一緒にやりませんか?」と声をかけて頂き、製品の開発に着手したのです。

 ワードプロセッサーやノートPC用途の製品開発を行った後、従来と違う反射防止フィルムを開発するために、私はその当時の中央研究所という部署に移りました。その後、本格的なプロジェクトがスタートして、そこから20年以上、ずっとこの仕事に携わっています。


不良事故の原因を徹底究明し、数億円規模の損失を回避

──これまでのプロジェクトで感動したこと、印象に残っているシーンはありますか?

中村氏:特に印象的な出来事は、韓国メーカーへの出荷製品で不良事故が起き、数億円規模の損失になる可能性があったことです。

 その事故原因を究明し、我々の瑕疵ではなかったことを証明できたとき、とてもホッとしたことを覚えています。朝から晩まで走査電子顕微鏡(SEM)の写真だけを見ながら原因を延々と考えていた記憶があります。

 欠陥の形状をよくよく観察すると、上側がドロッと溶けて、下側が飛び散っている。熱が原因なら全体が溶けるはずなのです。原因を考えていたら、静電気だと閃きました。スパークで一瞬熱に触れ、そのあとに下が飛び散ったという発生プロセスを思いつき、再現実験を行ってみると、本当にその通りになったのです。

──そういう閃きは、誰にも降りてこないと思いますが、何か勘所があるのですか?

中村氏:当時は本当に追い詰められていて、何とかしなければという思いが強かったですね。ただ、やはり総合的な知識がないと、頭の中で原因を組み立てられず、解決までたどり着けないかもしれません。

 「自分が実験をしていなくても、実験したと感じられるくらい経験を培っておきなさい」と、上司に言われたことがあります。過去に実験した蓄積があるからこそ、さまざまな判断ができます。

 実際、幅広い知識は重要です。製品の開発競争の真っただ中にいると、開発スピードを上げるためにすべての実験をカバーできないことがある。10の実験があるとすると、そのうち1つか2つを選ぶ必要があります。ですから、頭の中で推測しながら、解決に向かう勘所のようなものを養う必要があると思います。

──なるほど。それは日々の経験から身につく態度でしょうか。あるいは努力して知識を充足させることで身につくことでしょうか?

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アクト・コンサルティング 
野間 彰氏

中村氏:大元を知らないと気が済まない性格なんです。自分が分かるまで、人に任さない。たとえば塗工剤の評価をする場合、その中身を知らずには評価などできない。そこで自社で調合する。そうしているうちに、知識が付きます。知識だけでなく、他社からまねされない技術を作ることもできます。

 分からないことを放置したまま先に進みたくないという姿勢は、大学の研究室で身についたのだと思います。社会に出ると、とかく結果先行になりがちですが、これは決して良いことではないです。

 それと、信頼を得たい欲求があります。そこで現場に行って手を動かし、現場と議論する。そうすればその事象とは関係ないこと、実験だけではない知識も身に付きます。現場の信頼も得られ、また相談されます。

【次ページ】毎年突きつけられる難問にどう対処する?
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