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  • 2022/04/04 掲載

なぜグーグルに見初められた? 旭化成 山下昌哉氏に聞く「電子コンパス」開発秘話

連載:イノベーションの「リアル」

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いまやスマートフォンなどの携帯端末に、当たり前のように搭載されている地図アプリ。このナビゲーション技術を裏で支えているのが「電子コンパス」というデバイスだ。今回は、この電子コンパスの企画・開発から事業拡大までを一貫してリードしてきた「ミスター電子コンパス」こと、旭化成の山下 昌哉氏に開発秘話をうかがった。
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旭化成
工学博士
山下昌哉氏
1955年、岡山県生まれ。1982年東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程修了。旭化成工業(現旭化成)に入社後、磁気共鳴画像撮影装置(MRI)・リチウムイオン電池(LIB)の開発・事業化を経て、2000年から電子コンパスの開発を開始。Androidや iOSのスマートフォンに電子コンパスが標準搭載され、事業として急成長した。2010年から旭化成の高度専門職(グループフェロー、シニアフェロー)を務め、現在は、シニアイントラプレナー。2012年に全国発明表彰恩賜発明賞、2015年春の紫綬褒章を受章

最初は電子コンパスの開発に否定的だった

(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──今回のテーマである電子コンパスとは、どのようなものなのでしょうか?

山下 昌哉氏(以下、山下氏):電子コンパスは、方位磁針と同じように、地磁気を利用して方位の情報を提供する電子部品です。電子コンパスは、複数の磁気センサーで地磁気の大きさを3方向に分けて電気的に計測し、その測定値を計算することで方位情報を算出しているため、3軸電子コンパスと呼ばれます。

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電子コンパスは、磁気センサーで地磁気の大きさを測り、方位情報を知るための半導体デバイスだ。写真左は、2003年に旭化成エレクトロニクスが量産した最初の3軸電子コンパス「AK8970」(スケルトンサンプル)。写真中と右は、シリコンモノリシックホール素子と磁気収束板をワンチップ化した3軸電子コンパス。2009年のスマートフォン市場拡大を支えた「AK8973」と2021年の「AK09919C」。18年間で体積比0.8%にまで縮小した

──電子コンパスは、実際にどんなところで使われているのでしょうか?

山下氏:最も身近な例は携帯電話やスマートフォン、タブレット端末などです。GPSによる位置情報と組み合わせた歩行者ナビゲーションアプリで、主に自分の進行方向を地図上に表示する目的で使われています。

──なぜ、山下氏さんは電子コンパスを開発しようとしたのですか?

山下氏:私は物理工学専攻ですが、当時は黎明期だった磁気共鳴画像撮影装置(MRI)の開発をやりたくて旭化成に入り、MRIが普及期を迎えるまでの11年間この新規事業に携わりました。その次に、ちょうど実用化が始まったリチウムイオン電池(LIB)の開発と事業拡大を8年間手がけました。ご存じの通り、その後どちらの製品も世界的に大きな市場へと成長するわけです。我々の製品は、当時技術的に世界の第一線で十分競争できる性能を有していましたが、それでも結果的には、どちらの事業も旭化成は撤退することになります。

 技術者にとって、自分たちの開発した製品がそれなりに売れていて、ちゃんと拡大している市場もあり、ファンとなる顧客もいるのに事業を畳まなければならないというのは大変辛いことです。しかし冷静に経営者の立場で判断すれば当たり前なんですね。いくら市場が大きくても競争が激しくて、この先を見通すと投資に見合うほど大きく儲かりそうにない。

 そういう事業撤退を2度も経験したので、3度目の正直、自分で提案をする次の事業テーマは、市場黎明期に技術力でトップシェアを取った企業が、市場成熟期になっても安定した利益を得て、事業をずっと続けられるような先行逃げ切り型になる市場を狙おうと思っていました。

 たとえば市場が1000億円を超える巨大市場だと、シェア5%の企業でも十分な事業規模なので、生き残るための価格競争が激しくなり、さらに新規参入を狙う企業も後を絶たないからです。こういう市場は、資本力と経営力のパワーゲーム型になりがちです。

 でも世界市場の規模が300億円程度で、トップ企業が一旦大きなシェアを握ってしまったような市場では、安定した事業が生まれると考えました。なぜなら、こういう市場でシェア5%以下になった企業は事業撤退を議論するようになり、新規参入を狙う企業は事業化提案を却下する可能性が高いからです。こういう市場は、技術者としての知恵と工夫で勝負ができると思いました。

 電子コンパスの市場は、まさに、このグローバルニッチな市場に当てはまったと言えます。

 ただし当初の私は、この「電子コンパス」という開発テーマに対してかなり否定的だったのです。

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アクト・コンサルティング 
野間 彰氏

電子コンパスの開発を阻む高いハードルとその対策

──なぜ電子コンパスの開発に否定的だったのですか?

山下氏:否定的だった背景には、2つの理由がありました。そもそも携帯電話に電子コンパスを搭載する目的は、歩行者ナビゲーションアプリで進行方向を知らせることです。

 ところが携帯電話内部には、スピーカーやバイブレーターモーターなど地磁気よりはるかに大きな磁気を発生する磁石利用の部品が多数搭載される上に、鉄を使う部品は外部の磁気(外乱)によって着磁量が突然変わるため、携帯電話内部の妨害磁気は大きさが頻繁に変化します。この妨害磁気と外部の地磁気を区別することは、計測技術上非常に難しいと思いました。 これが第一の問題。

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携帯電話の内部には、スピーカーやモーター、高周波フィルターなど、地磁気よりはるかに大きい妨害磁気を発生している部品が多数搭載されており、その影響で地磁気が測定できなくなる

 その上私はMRIを開発していた頃の経験上、市街地では、電車が加速減速すると架線に大電流が流れるため地磁気の何倍も大きな磁気を発生しているし、自動車が着磁しているため近くで動くと地磁気レベルの磁気変動が起きることも知っていました。これが第二の問題。

 だから携帯電話の中の磁気センサーを使って地磁気を測り、市街地で歩行者の進行方向を知らせるというアイデアは無謀だから諦めさせようとしたのです。それで、最初に方位磁針を買ってきて、実際に市街地では地磁気の方向が北から外れているという誤差の証拠集めをしようと思いました。

 ところが市街地の地磁気は私が思ったほど乱れていませんでした(笑)。ほとんどの場所は誤差が±20度以内だったので、正しい方位角は分からないけれど、道案内ならできるという曖昧さがあることを逆に私は面白いと感じたのです。それで第二の問題はクリアできそうだから、残る第一の問題さえ解決できれば、「新しい価値観を市場に提供できる」と考えて、自分でトライしようと決めました。

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初めて試作した電子コンパスのデモシステム。XY方向の2軸加速度センサーと、XYZ方向の3軸磁気センサー(ホール素子)を立体的に組み合わせた。信号を増幅するための積分増幅回路も汎用素子で製作した

──携帯電話の部品から影響を受けずに電子コンパスを正しく機能させるには、いろいろな工夫が必要だったと思いますが。

山下氏:そうです。競合他社は「妨害磁気による影響を避けるために、磁石部品から○○cm以上離してください」という配置条件を付けていましたが、実際に携帯電話を設計する場合、これは大変難しい要求です。なぜなら部品配置は、CPU、スピーカーやマイク、コネクタなど重要な順に場所が決まります。そういう場所取りヒエラルキーの中で、センサーの序列は最後なんですね(笑)。だから「複数の磁石部品から全て○○cm以上離れた場所」と要求されても、基板設計者は困ってしまう。

 それで我々の電子コンパスは、あえて感度が低い磁気センサーであるホール素子を使いました。微弱な地磁気を検出するなら、高感度磁気センサーほど有利と思いがちですが、この場合は逆に磁石部品の近くでも動作する、低感度磁気センサーほど部品配置に自由度があるというメリットを提案できるので、こちらの方が顧客にとっては価値が大きいと判断したのです。

【次ページ】展示会のデモを見た人が、グーグルに電子コンパスを紹介
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