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- 2022/12/05 掲載
横河電機初のバイオ分野のイノベーション、秘訣は「ジレンマ超越」だった
連載:イノベーションの「リアル」
従来比1000倍というとてつもない要望
(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──まず入社後の業務経歴から教えていただけますか?田名網健雄氏(以下、田名網氏):入社してから計測器分野で「電磁流量計」の開発に従事していました。その後、研究開発部門に移り、世界初となる「光ディスクテストシステム」の開発に打ち込みました。この装置は製品化までいったのですが、残念ながら最終的にHDDの需要に勝てず、ビジネスの撤退を余儀なくされました。
光ディスクテストシステムのビジネスは終わってしまったのですが、この開発で培ったコア技術のレーザー・フォーカシング技術やサーボ技術などは非常に素晴らしいものと評価され、これらのノウハウを何かに応用ができないかと模索していました。実際に開発メンバーの一部は、光応用計測として半導体などの精密形状計測に取り組むことになりました。
──田名網さんが今回のテーマである共焦点レーザースキャナ(顕微鏡)を開発するきっかけになったのは、どんな経緯からですか?
田名網氏:実は社長から開発部門に号令がかかったのです。1988年頃に社長だった横河正三氏が「工場の圧力や温度の制御だけでは将来の事業継続が難しい。何か柔らかいものを測定できるような装置を作れ」と我々にハッパをかけて、これが共焦点レーザースキャナーを開発する契機になりました。
社長の言う「柔らかいもの」――そのターゲットは生物、バイオテクノロジー分野でした。しかし横河電機にとっては、この分野は初めてのチャレンジでした。右も左も分からない状況なので、1989年に開発メンバーが大学の医学部に実習に行くことになりました。当時の開発テーマは、蛍光X線分析(血流解析)、STM/AFM/STS、1分子シーケンサー、においセンサーなどで、私の開発テーマは共焦点レーザー顕微鏡でした。
大学の実習ではマウスを初めて解剖し、その心筋細胞のプレパラートを作成しました。心筋細胞を培養すると、3日目くらいに心筋細胞がピクピクと動きだすのです。それに薬をかけるとピカピカと光るので、高感度カメラで撮影したのですが、幽霊のようなモヤッとした使えない画像になってしまいました。担当教授は「共焦点カメラなら心筋細胞のイメージがきれいに撮れるけれど、いまの装置は1画面で1秒ぐらいかかって遅くて使いものにならない。1000倍ぐらい早い共焦点が欲しい……」とつぶやきました。
それを聞いて、いくらなんでも従来比1000倍という、とてつもない要望には応えられそうにないと思いましたが、逆になぜ実現できないのかを考えるきっかけとなり、共焦点装置を開発するモチベーションとなったのです。
幾多のハードルを越え思いついた「秘策」とは
──では、共焦点光学系の原理について、簡単に説明していただけますか?田名網氏:従来の顕微鏡は光源にハロゲンランプなどを使用し、面の照明でした。そのため試料に光が面であたって光が散乱するので、対物レンズを通して結像させると、受光側もピンボケになってしまうのです。一方で、共焦点顕微鏡はレーザー光なので、点の照明になります。その点照明を試料にスキャンしながら当てます。対物レンズを通して像を作る際も、受光側でピンポールを通じて結像させるため鮮明に見えるのです。したがってスキャニング技術が肝になります。
──共焦点顕微鏡を開発する際にご苦労されたり、感動された点について教えてください。
田名網氏:従来の共焦点顕微鏡の1000倍も高速化することは非常にハードルが高く、いくつもの壁を乗り越えなければなりませんでした。スキャニングもレーザーを反射させる2軸のXYミラーを1000倍早く動かす必要があります。しかしミラーの駆動には加速度が求められ、そのエネルギーで熱も発生し、高速化に限界があります。そこでミラーや駆動系、光学系を小型化する方法を考えました。
ところが1000倍に高速スキャンすると、今度は光量が不足して暗くなってしまうのです。レーザー光が当たる時間が1000分の1になれば、光量も1000分の1になります。そこでレーザーをマルチビームに変更して1000本にすればよいと思いつきました。これで問題が解決するかと思えたのですが、またも加速度が壁になりました。結局、高出力・発熱・振動などの問題があり、筋が悪かったということです。
──そこで閃いたのが、先ほどの光ディスクテストで培ったコア技術だったのですね?
田名網氏:そうです。光ディスクを回転させるときは常時加速せず、等速円運動にして慣性力で回転させるので、高速でも安定します。これは筋が良いと思いました。そこでスピ二ングディスクとマルチビームを組み合わせた機構で高速スキャンすることが、最適なアプローチだと上司に進言したのです。
ところが、この提案も却下されました(笑)。いくら光をマルチビームでも、小さなピンホールを通って受光側に届くため、ビームの光量が小さくて暗すぎるからです。100%のマルチビーム光源に対し、受光部には1%の光しか届かないので、S/N比は1/99になり、バックグラウンドノイズのほうが強くなってしまいます。これでは昼間に星を見るようなもので、肝心の星(対象物)が埋没してしまいます。これが「ジレンマ」(矛盾)として立ちはだかりました。
帰りの電車でも何か良い方法はないか? と諦めずにずっと考えて、一晩明けて新しい方法を提案しました。今度はすべてのピンホールの前に「マイクロレンズ」を取り付けることで、ピンホールに入らなかった光を集約させ、S/N比をアップさせるというアイデアでした。
これらのハードルを乗り越えて、ようやく開発のめどが立ち、上司から開発GOのサインをもらったときは「やった!」と本当に感動しましたね。
【次ページ】製品化難航も、社内で起きた「感動する」出来事
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