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政府が中小企業政策の変更を検討している。従来は、中小企業の活動を維持するため、廃業率を低く抑えることを目標としてきたが、この方針は見直される可能性が高い。日本では企業を無理に延命させていることが生産性や賃金の低下につながっているとの指摘があるが、一方で支援をやめれば雇用に影響する可能性もある。
経営難でも中小企業が生き残れるカラクリ
政府はこれまで、企業の開業率が廃業率を上回ることを政策目標として掲げてきた。1980年代と90年代は圧倒的に開業率の方が高かったが、2000年から2010年にかけては廃業率が開業率を上回る年が目立つようになってきた。だがアベノミクス以降は、再び開業率の方が廃業率を上回っている。
たしかにアベノミクス以降、開業率が高まったのは事実だが、一方で廃業率の低下も進んでいる。近年における開業率と廃業率の乖離は、廃業を強く抑制した効果も大きい。
廃業を抑制する施策の1つが2009年に導入された中小企業金融円滑化法による企業支援である。経営難に陥った中小企業が銀行に対して返済条件の変更を求めた場合、銀行は金利の減免や返済期限見直しに応じなければならないというものである。この法律によって、銀行は経営が悪化した企業にも支援を続けざるを得ない状況が続いてきた。
この法律は時限立法であり、2013年に効力を失ったが、その後も、金融庁は銀行に対して報告義務を課しており、事実上、法律の拘束力が続いていた。銀行の支援打ち切りがきっかけで倒産するケースは多く、銀行が融資を継続すれば、見かけ上、倒産を少なくできる。だが銀行の延命措置で倒産を回避している企業は、健全な状態とは言えず、雇用や経済にも良い影響は与えない。
銀行による支援策は2019年4月に完全終了となったが、その理由は銀行の経営環境の悪化である。銀行業界は空前の低金利に加え、国内経済の低迷が続いていることで新規の融資策を開拓できず、利ざやを確保できない状況に陥っている。すでにメガバンク3行は前代未聞のリストラに踏み切っており、融資先を継続している余裕はない。
こうしたところにやってきたのがコロナ危機である。東京商工リサーチの調査によると2020年6月の倒産件数は780件で前年同月比6.2%増、7月の倒産件数は789件とじわじわと増加している。コロナによって倒産が急増したというほどではないが、この統計は実態を反映しているとは限らない。
「中小企業廃業」の実態とは
こうした統計にカウントされるのは、破産や民事再生など何らかの法的な措置が行われた企業であり、自主的に廃業したり、法的な手続きが行われないケースについては数字に反映されない。コロナ危機によって経営の継続が困難になり、休業状態からそのまま事実上の廃業に至っているケースは多いと考えられる。
後継者不足によるとされる廃業も大半が事実上の倒産と言って良い。メディアでは、優良な中小企業が後継者不足で廃業に追い込まれたという記事をよく見かけるが、現実にはそのようなことはほとんどないと思って良い。高い技術を持ち、しっかりと利益を出している企業であれば、後継者がいなくても、金融機関や株主がそれを放置することなどあり得ない。
本当に利益が出ているのなら、社長に高い報酬を払えるので、経営を引き継ぐ人物はいくらでも見つかるし、場合によっては、ほかの企業とのM&A(合併・買収)も可能だ。優良だと喧伝されていた中小企業が、実は劣悪な労働環境であり、従業員の滅私奉公で経営を維持していたというケースは決して少なくない。メディアの記事というのは、時にファクト(事実)ではなく、読者や関係者の願望をベースに作られることがあるので、情緒性の高い記事には注意した方が良い。
多少の時間差はあるにせよ、コロナ危機によって今後、廃業率が上昇する可能性が高まっており、開業率が廃業率を上回るという単純な目標には意味がなくなりつつある。こうした状況から、廃業率を低く抑える方針の転換が検討されている。
一方、開業率のデータについても統計上の問題を指摘する声がある。開業率のデータは、厚生労働省の雇用保険がベースになっており、事業所を開設し、雇用保険が適用されると新規開業と認識される。建設業など雇用保険の適用が進んでいなかった企業が事業所を開設し、あらたに雇用保険を適用した場合、実態は何も変わっていないのに、開業とカウントされる可能性があることは否定できない。
2017年まで開業率は増加傾向が続き、2018年からは急低下しているのだが、これは東京オリンピック・バブルの崩壊によって建設需要が減ったことが原因との指摘もある。
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