【連載】エコノミスト藤代宏一の「金融政策徹底解剖」
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2021年、10月29日に発表された日銀の展望レポートでは、2022年度のコア消費者物価(除く生鮮食品)の見通しはプラス0.9%とされ、2%の物価目標達成に程遠いことが示された。もっとも、2022年4月以降の消費者物価上昇率は加速が見込まれ、物価目標2%の達成もあながち「トンデモ予想」ではなくなってきている。物価上昇の理由は(1)円安と資源価格上昇に伴う輸入物価の上昇、(2)携帯電話通話料の下押し効果剥落という、2つの要因が大きい。これらは今後の金融政策にどのような影響を与えるだろうか。
物価を押し上げる「2つの要因」
足元の物価上昇の要因として考えられるのは、(1)円安と資源価格上昇に伴う輸入物価の上昇、(2)携帯電話通話料の下押し効果剥落の2点だ。それぞれについて見ていきたい。
まず(1)については、石油製品(ガソリン、灯油)、電気ガスといったエネルギー価格の影響が大きい。すでに店頭価格が上昇しているガソリンに加え、今後は電気代、ガス代の価格上昇が確定的である。
なお、ドバイ原油価格が1バレル84ドルで高止まりし、ドル円相場が114円で推移するとの前提を置けば、消費者物価に対するエネルギー価格の押し上げ寄与度は、2022年4月に1%ポイント強に拡大することになる。
(2)については、携帯電話通信料の実額が上昇するわけではないが、消費者物価の前年比上昇率は押し上げられる。
携帯電話通信料は、政府からの要請によって2021年4月に大手キャリアが一斉に値下げに踏み切ったことで、2021年度の消費者物価指数を1.1%ポイントも下押しした(下押し寄与度の計算は日銀による)。この下押し圧力は2022年4月に消えるため、実際の価格は不変でも物価上昇率は押し上げられる。いわゆる「前年の裏」、「ベースエフェクト」によるテクニカルなインフレである。
これらを加味すると、2022年4月のコア消費者物価指数(CPI)は1%台半ばへと上昇する公算が大きい。
そのほかでは、消費者物価全体の22.3%を占める食料品(生鮮食品以外)も重要だ。世界的な輸送費(船賃、トラック)の上昇、飲食店の再開に伴う需要回復、さらには人件費の増加もあって、本邦食品メーカーはコスト増に直面しており、消費者への価格転嫁を迫られている。
価格改定が集中する4月に一斉に値上げが実施されれば、消費者物価が1%台後半まで高まる可能性も否定できない。そのほかにも資源価格の影響を受ける品目の値上げが重なれば、2%の達成もあり得る。
足元の物価上昇は健全か?不健全か?
この物価上昇の中身はお世辞にも良質と言えない。したがって、日銀が物価上昇を理由に金融政策を変更するとは考えにくい。「物価上昇→金融緩和終了」という連想が働くのは事実だが、もし、そうした状況で緩和の手を緩めるようなことがあれば、市場に対し「物価さえ上がれば何でも良い」とのメッセージを送ることになり、日銀の信用は失墜してしまう。
では、日銀が何も行動しないかと言えば、そうとは言い切れない。なぜなら、世界の金融政策の「潮流」が緩和一辺倒でなくなっているからだ。
たとえば、FRB(米連邦準備理事会)をはじめとする主要中央銀行が金融政策を引き締め方向へとかじを切る中、日銀がその流れに便乗する展開も考えられる。主要国中銀のトレンドに沿った方が、金融市場(特に為替)で材料視されず、穏やかに政策変更を実施できるという利点もある。
考えられる政策変更としては、イールドカーブコントロール(YCC)の枠組み変更がある。YCCは短期金利をマイナス0.1%、長期金利をゼロ%程度に固定する政策で2016年9月に導入された。長期金利の上昇圧力を日銀が無限の国債買い入れで抑え込むことによって景気を下支えする狙いがある。
ただし、そうした長期金利を抑え込む政策は副作用が強く、それは日銀も認識している。代表例として年金保険の運用難や銀行収益の圧迫がある。低金利によって国民の運用手段が減ることで、将来不安が増幅され、結果的に個人消費が抑制されているとの指摘も多い。また銀行の収益が過度に圧迫されると、銀行のリスク許容度が低下し、積極的な貸し出しができなくなるといった指摘もある。
こうした副作用に配慮しつつ、いかにYCCの枠組み変更による政策転換の方向性が考えられるだろうか。
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