【連載】エコノミスト藤代宏一の「金融政策徹底解剖」
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日本銀行の「長短金利差操作付き量的・質的金融緩和」の導入から5年超が経過した。この間、日銀が掲げる物価目標2%は達成できず、終わりの見えない金融緩和が続いている。もっとも、2021年を振り返ってみると、日銀は質的緩和の根幹である上場投資信託(ETF)買い入れを大幅に縮小するなど、大きな変更を実行した1年でもあった。また、日銀が想定していた為替をめぐる立ち位置も大きく変化したように思える。これは案外、今後の日銀の金融政策を左右する重要なポイントであると筆者は認識している。
2021年金融政策の重大事件、「ETF買い入れを事実上停止」
2021年の金融政策を振り返ってみよう。2021年の事実上の幕開けは、2020年12月の金融政策決定会合で発表された声明文の最終段落に以下の文が加わったことであった。
「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みは、現在まで適切に機能しており、その変更は必要ないと考えている。この枠組みのもとで、各種の施策を点検し、来年3月の金融政策決定会合を目途にその結果を公表する。
その後2021年3月の金融政策決定会合では金融政策の「点検」結果が示された。日銀は当該分析結果を踏まえ、イールドカーブコントロール(以下、YCC)の修正とETF買い入れ方針の変更を決定した。
YCCの修正は、長期金利誘導目標の「明確化」と銘打った「程度」の解釈の拡大であった。それまで日銀は「0%程度」とする長期金利の誘導目標の範囲をプラスマイナス0.20%と説明してきたが、それ以後はプラスマイナス0.25%であるとした。
ETF買い入れ方針の変更は、事実上の買い入れ停止とも言える買い入れ基準の厳格化であった。買い入れ基準は非公式ながら、東証株価指数(TOPIX)の前場下落率が2%を超えた日の後場に買い入れる方針に変更したことは容易に把握できる(従前は0.5%)。
この基準の下で4月1日~12月13日までの実績は、買い入れ回数(日)が4回(日)、買い入れ総額はわずか2804億円に留まっている(1回あたりの買い入れ額は701億円)。この金額を見ると、7兆円強の買い入れによって海外投資家の売りを吸収した2020年からの落差は大きく、株式市場における日銀の存在感は急激に低下したと言える。
なおTOPIXの前場下落率が2%を超える日数は2015~2020年の平均で9日程度である。2022年もこの基準が不変なら年間買い入れ額は1兆円を明確に下回って着地する公算になる。質的緩和の根幹であるETF買い入れを大幅に軌道修正したことを改めて認識しておきたい。
黒田日銀の裏ミッション「円高是正」は達成されたが…
ところで黒田日銀が発足した2013年、日銀に課された「誰もが知る裏のミッション」は円高是正であった。2012年10月まで80円割れの水準で推移していたドル円相場をリーマンショック前のおおよその水準である100円超へと戻すことが待望された。
黒田総裁が導入した「量的・質的金融緩和」はそうした期待に見事に応えた。その後2014年10月の追加緩和もあり、ドル円レートは2015年6月に125円近傍へと吹き上がり、実質実効為替レートは変動相場制移行後の最低水準に下落した。
この間、円安に伴う輸入物価上昇により消費者の生活が圧迫された側面はあったが、製造業を中心に企業収益が劇的な改善を遂げたことで、総じてみれば円安を好感する論調が優勢であった。日銀の裏ミッションは超過達成とも言える結果を残したと言えるだろう。
もっとも、2021年になると「円安」を歓迎する声は明確に衰えた。
黒田総裁は10月28日の金融政策決定会合後の記者会見で「円安は日本経済にプラスなのは確実」、「輸出や海外子会社収益の増加効果が輸入コストの上昇によるマイナスの影響をかなり上回っている」として円安の利点を強調したが、一方で9月のインタビューでは「日本企業の海外生産が増え、かつてのように円安が輸出の数量を増して、成長率を押し上げるという効果は弱くなっているかもしれない」とも発言しており、かつての認識が微妙に変化したように感じられる。
それでは、なぜ円安は歓迎されなかったのか。
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