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20年前、1998年に創業した、「元祖フィンテック」こと米ペイパルが元気だ。直近数年の売上は前年比2桁の成長をするほどの強さで、オンライン決済分野での競合であるアマゾンを寄せ付けない。さらにペイパルは次々と新機軸を打ち出し、小売から金融に触手を伸ばす「アマゾン銀行」の参入障壁を高めている。
金融イノベーションの歴史的リーダー
フィンテック、すなわち金融サービスと情報技術を結びつけたさまざまな革新は、ペイパルに始まったと言っても過言ではない。当時急速に発展しつつあった、ウェブショッピングにおけるクレジットカード情報などの面倒な入力や承認プロセスをわかりやすく簡単にして、オンライン決済に革命をもたらした。
これは、アマゾンが1999年に特許を取得したワンクリック注文に先駆けたアイデアであり、ユーザーが注文を完了する確率を高め、中小規模の出品者には利便性による販売増の効果をもたらしてきた。
にもかかわらず創業当初は、「決済の巨人で市場シェアを独占するビザやマスターカードにかなうわけがなく、最悪のアイデアだ」などと陰口をたたかれたものだ。
だがペイパルはその革新的サービスの人気で急成長を遂げ、2002年に最初のIPOを行い、たちまち株価が55%上昇する。そこに目を付けたのが、ネットオークション大手のイーベイだ。個人や中小規模業者が参加するマーケットプレイスのイーベイは、出品者と買い手双方の個人間の決済ニーズの高かったことに加え、クレジットカード会社の店舗審査を通らないような小規模企業にも、ペイパルを活用して商機を失わない決済手段を与えることができるようになったのである。
こうしてペイパルは2002年のIPO直後に、イーベイの子会社として15億ドルで買収されて再び非公開企業となる。ところが、アマゾンなど小売競合に押されて業績が伸び悩む親会社イーベイと比較して、ペイパルのイノベーションは止まらず、業績は右肩上がり。事実、イーベイの子会社時代にも、現在爆発的に成長する「新たなメシの種」であるベンモ(詳細は後述)の親会社を2013年に買収するなど、先見の明が光っていた。
こうした中イーベイは、「物言う投資家」カール・アイカーン氏などの収益増大を求める圧力によりペイパルを手放し、ペイパルは2015年に2度目のIPOを果たすことになる。アイカーン氏などのイーベイ株主は1株のイーベイ株式に対して1株のペイパル株を受け取り、ペイパルの好業績で潤った。2015年の新規株式公開(IPO)時の1株30ドル近辺から、創業20周年を迎える2018年9月には90ドルを突破している。
一方のペイパルも株式の再度の公開で得た資金を元に、新規テクノロジー投資を加速させることができた。加えて、2015年7月のIPO時に490億ドルであった時価総額は2018年10月末で1000億ドルと、倍になっている。その秘密は、同社のイノベーションに対する顧客の支持にある。
圧倒的なユーザー数が「アマゾン銀行」を阻む
ペイパルの考案は、フィンテックが花盛りの現在でこそ当たり前に思えるサービスだが、導入された当時は新奇で、驚きをもって迎えられた。多くのフィンテックのサービスは、ペイパルのイノベーションの追随者だといっても過言ではない。
ペイパルは個人や中小事業主が持つ口座によるオンラインの支払いを出発点に、それらの口座に「預金」「送金」機能を持たせた銀行のような仕組みへと進化し、消費者の強い支持を受けている。
テクノロジー業界動向の分析を手掛ける米Datanyzeの
2018年11月8日時点の数字では、ペイパルは185のオンライン決済企業の中で、約73万の小売サイトで採用されることで63%以上のシェアを持ち、ダントツのトップである。さらに2018年7~9月期において、ペイパルのユーザー数は
2億5400万人を突破している。
一方、小売の巨人アマゾンが運営する競合サービスのAmazon Payは使用できる場所が限られていることから普及が遅れ、かすんで見える。まず、アマゾンは2017年の通年売上が
1779億ドル(約20兆1323億円)と桁外れの規模を誇るため、Amazon Payでの決済の割合が少なくても、総取扱高の額は大きくなり得る。
ところが、アマゾンのサイトにおけるAmazon Pay決済が全体に占める割合や金額は明らかにされていない。また、同社の決算書類にAmazon Payの数字が表立って現れないところを見ると、規模は大きくない可能性がある。アマゾンのサイト以外でのAmazon Pay決済の額や割合も不明だ。
生活者、マーケット、ブランド、社会の分析で定評のある仏イプソスがペイパルと合同で行った31カ国34000人の消費者に対する
調査によると、オンラインショップが決済手段としてペイパルを提供した場合、54%が「購買意欲が増す」と回答した。チェックアウトまで来て、ペイパルが決済オプションになければ、半数以上が購入をやめてしまう可能性があるのだ。
顧客を決済の段階で逃がさない効果のあるペイパルは、取引1回あたり30セントの利用料と売上の2.9%という手数料を支払ってでも、売り手には魅力的なツールとなる。
このようにして、次の業界ディスラプションになるとささやかれる「アマゾン銀行」よりずっと以前からペイパルは世界に広がる金融帝国を静かに築き、「ペイパル銀行」はすでに目立たないディスラプターとしてフィンテック業界に君臨しているのである。
【次ページ】アマゾン包囲網、そして爆発的に当たった新機軸「ベンモ」
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