• 2015/08/05 掲載

316年老舗 にんべん 髙津克幸社長に聞く、なぜ「かつお節だし」の店で60万杯を達成できたのか

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250年以上続く企業の6割は、日本に集中していると言われる。その中でも、鰹節専門店「にんべん」は、1699年の創業から316年も続く日本を代表する老舗企業だ。高度成長期には「つゆの素」や「かつお節フレッシュパック」によって食卓に革命を起こし、今また「日本橋だし場」などの新しい試みを通して「日本の味」を伝えて、さらにそれを世界へ広めようとしている。新たな挑戦を続けるにんべん 13代当主 社長の髙津克幸氏に、300年以上続く企業の秘訣をお聞きした。
(聞き手は編集部 松尾慎司)

にんべんはなぜ300年以上続いてきたのか

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にんべん
代表取締役社長
髙津 克幸 氏
──最初ににんべんの沿革について教えていただけますか。髙津社長で13代目ということですが、これだけ長く続いてきた秘訣というのは何かあるのでしょうか。

髙津氏:1699年に創業者の初代、髙津伊兵衛が三重県の四日市から出てきて、日本橋で戸板を並べて鰹節と塩干物の商いを行ったのが始まりです。そして5年後の1704年に鰹節問屋を開業、以来、鰹節屋としてやってきました。

 13代といっても、途中で養子を入れたこともありますし、親戚の人間が社長を務めたこともあります。300年続いた理由を答えるのはなかなか難しいですが、実はこうした外部の人たちほど、新しいことに挑戦してきた傾向があります。

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銀製の薄板でつくられた商品券
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裏には、当時の幕府公認であることを示す「定」の字が刻印されている
──新しいこととは、具体的にどのようなことでしょうか?

髙津氏:たとえば、江戸時代の天保の頃、銀製の薄板でつくられた商品券を発行しています。大規模に発行したという点では最初の試みと言われていますが、銀でできているので、一両の30分の1の価値を持ち、いつでも鰹節と交換できる、現在のギフト券のようなものです。

 当時は春にカツオを獲って、秋に鰹節として販売するという季節商売でしたが、商品券を発行したことで先にお金が入り、鰹節はあとから出ていくということで、キャッシュも潤沢になり、商売を大きくするきっかけになりました。のちに銀から紙に変わりましたが、当時としては画期的な試みだったと思います。

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今や食卓の定番となった「つゆの素」と「フレッシュパックソフト」
(写真提供:にんべん)

──商品券の原型がそこにあるのですね。新しい試みというと、1960年代には「つゆの素」や「フレッシュパック」というイノベーティブなヒット商品も生み出されています。

髙津氏:1964年につゆの素を発売し、1969年にフレッシュパックを発売しています。当時、濃縮のめんつゆは各メーカーから発売されていましたが、鰹節の天然だしを使ったものはありませんでした。鰹節の天然だしを使えば味が良くなることは分かっていても、技術的な難しさもあって、どのメーカーもやっていませんでした。

 そのとき、新東亜交易という商社がにんべんのブランドを使った新商品開発を持ちかけてきました。実は一度断ったのですが、結局研究室で取り敢えず試作品をつくってみようということになり、その後、試行錯誤の結果、天然だしを使った「つゆの素」が生まれました。

 これは既存の製品と違って味の良さはもちろんのこと、風味を生かすために濃度も3倍に下げ、かついろいろな料理に使える汎用性の高いだしに仕上がったことで大ヒットしました。

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──新しい企業とも積極的に協力されてきたのですね。

髙津氏:フレッシュパックについては、時代の要請が大きかったと思います。だしをとるためには、一リットルの水に約30グラムの鰹節が必要になります。鰹節を削ってだしをとれば、おいしくなることは分かっていても、高度成長期、夫婦共働きの世帯が増えていく中で、家庭で削るのは大変になってきました。手間も時間もかかって大変というところに、実際に削ったものと遜色がなく、小分けになっているフレッシュパックを出したことが支持されたのだと思います。

 鰹節を削ることはいいことだ、鰹節を使ってだしをとるのはいいことだと言っても、それだけでは伝わりません。夫婦共働きなどで時間がなくなっていく時代、いいものを手軽に使えるようにつゆの素やフレッシュパックを開発するといった変化への対応力があったからこそ、にんべんは続いてきたのだと思います。

五感はITでは伝わらない。体験重視の店舗への挑戦

──最近もだしの味をそのまま味わえる「日本橋だし場」やにんべんのだしを使った料理が楽しめる「日本橋だし場 はなれ」を出店されて、大いに話題になりました。

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本物のだしのおいしさが味わえる「日本橋だし場」。日本橋本店にはほかにもプロの削り師が実演する「日本橋けずり場」などもある
(写真提供:にんべん)


髙津氏:実は「日本橋だし場」は、当初の想定とはまったくかけ離れた結果をもたらしてくれました。

 10年くらい前に三井不動産から再開発を持ちかけられ、コレド室町に本店を移転するのに伴って、3年間限定で出店することを決めました。目指したのは鰹節などを売るだけではなく、多くの方に来ていただいて、味わっていただける体験型のお店です。

 旧本社にも鰹節などを売るスペースは用意していましたが、日本橋だし場では当初、何をするのかも決まっておらず、「だしを飲んでもらうお店に本当にお客さまは来るの?」と半信半疑でもありました。

 それでも3年間の限定なのだから、思い切ってやってみようとチャレンジしたところ、反響が大きく、3年が経過した今もそのまま続けています。「1日数10杯売れればいいね」と言っていたのですが、7月1日には累計で、かつお節だし60万杯を達成しました。今は羽田空港国際線ターミナルに2号店をオープンしています。

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「日本橋だし場 はなれ」では、だしの旨味を活かした定番料理の“古典技”とだしの新たな魅力を引き出した料理の“はなれ技”を味わえる
(写真提供:にんべん)

──飲食店「日本橋だし場 はなれ」はどのような経緯でオープンされたのでしょうか。

髙津氏:2010年にサンフランシスコで日本食のイベントがあった際、スポンサーとして参加したのですが、その時に「WIRED CAFE」などを手がけているカフェ・カンパニーの楠本 修二郎社長と出会いました。

 聞くと、サントリーなどいろいろな企業とコラボされているということで、私自身が料理好きということもあり、飲食店事業を一緒にやることになりました。もともと当社は加工食品を売ってきましたが、直接、当社のだしを使ってつくった料理を召し上がっていただく店が欲しいというのが最大の動機でした。

 ITの時代といっても、味やにおいといった五感は、今のところITでは出せませんから。

──2013年には「和食」がユネスコ世界無形文化遺産に登録されました。海外市場に対してどのような可能性を感じていますか?

髙津氏:世界的に見ると寿司はかなり定着しましたし、ラーメンも定着しつつありますが、和食そのものはまだまだです。鰹節からだしをとる外食店はありますが、だしが外食から一般家庭に入っていくのにはまだかなりの時間がかかると思います。

 実際、当社の売上は現在、約160億円ですが、そのうち輸出はまだ1%くらいで、これを3年で3%にしていこうと努力しているところです。販路を持つ商社と主に北米市場を開拓していく考えです。

あえて未知の領域へ。足りないものは補ってもらえばいい。

──300年企業、にんべんの成長戦略を教えてください。

髙津氏:今までのやり方を続けていけば、苦労は少なくてすみます。売上や成長の問題はあっても、まったく新しい能力や技術が必要になることはあまりありません。

 しかし、それでは限界があります。つゆの素やフレッシュパックに挑戦していた頃もそうですが、常にチャレンジをしてきました。今も、あえて飲食店事業や海外事業といった未知の領域に挑戦しています。そうした領域では未熟なところがありますが、足りないところはだれかに補ってもらえばいいと思っています。

 マグロほどではありませんが、環境のことを考えれば、カツオそのものについても考えるべきことはたくさんあります。また、鰹節そのものの販売に頼らなくても、鰹節を使った事業に取り組むことで成長し続ける企業にしたいと考えています。

──そうしたチャレンジが永続する企業をつくる秘訣なのですね。最後に事業承継や家訓について教えていただけますか。

髙津氏:家訓というものはありませんが、「鰹節を使うお客さま」「鰹節を創る人」「鰹節の商いをする人」という3つの信頼関係ができたときに商売をさせていただけるという考えを大切にしています。三者の利益が一致する経営を行うことで初めて会社は継続できるし、社会から支持されるというのが当社の経営理念です。

 個人的には、子どもに「跡を継げ」と言うのではなく、子どもが「継ぎたくなる」ような会社をつくるというのがモチベーションになっています。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

(聞き手:編集部 松尾慎司、執筆:桑原晃弥)

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