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- 2009/12/22 掲載
【連載】ザ・コンサルティングノウハウ(12):ソリューション・マネジメント(2/2)
「余計なことを言ったと思っているか」
難波が、山口の心を見透かしたように言った。
「はい。あそこは、ビジネス・モデルの話題で盛り上げて、受注後に社長の覚悟を固める支援をしてもよかったのではないでしょうか」
「山口君。顧客の前では、うちのコンサルタントは僕を含め、絶対に力を抜かない。クライアントの利益につながるベストな提案を行う。もし君が、コンサルティング受注後に社長の覚悟を固める支援ができると考えているなら、その場でそういうべきだ。そして、社長と共に、僕も説得するんだ」
「身内も説得しなければならないんですか」
「クライアントの気づいていない視点に気づいたら、それを指摘するのがクライアントの利益になる。君は、それを越える視点で、さらに価値のあることを言わなければ、君の主張には穴があることになるだろう。私たちは、常にクライアントの利益を最優先で考えるんだ。たとえ身内が受注直前であっても、クライアントのためになるなら、話を元に戻すことだってある。君は、クライアントと共に、同席する当社コンサルタントの意向も越えなければならない。これが、当社の品質を維持してきた根源だ」
「そんなことをしたら、仕事が取れなくなりませんか」
「クライアントの利益になるなら、受注できなくて結構だ。当社の人事評価は厳しい。君も知っているとおり、君たちコンサルタントの評価は、すべては金額で決まる。だからコンサルタントたちは、売上を上げることに日々努力している。しかしそれは優先順位の2番目だ。1番目は、あくまでも顧客の利益でなければならない」
山口は、いつだったか岩崎が同じようなことを言っていたのを思い出した。あの時岩崎は、「顧客の利益を最優先で考える」ことは、実践の場で体感してもらうと言っていた。今日のB社がそれだったのか。山口は、まだ腑に落ちなかった。
「ところで、君のコンサルティングノウハウ検討会の調子はどうかね」
難波が、話題をコンサルティングノウハウに変えたので、山口はもう一つの疑問を聞いた。
「その件で、難波さんに1つ聞きたいのですが。難波さんは、さっき『社長提案で資料を使うな』と言われましたね。なぜですか」
「完璧な資料ができるなら、それを使ったほうがいいにきまっているがね。コンサルティング・プロモーションは、それほどあまくないんだよ。コンサルティング・プロモーションでは、クライアントが我々コンサルタントに委託することで得られる成果を、事前に認識してもらうことが重要だ。我々は、物を売っていないからね。話をするだけで、コンサルティング後の具体的成果をイメージアップしないといけない。これを高い確率で達成するには、クライアントの悩みと答えを、事前に準備しておくことが重要だね。しかし、クライアントに会うまではクライアントの情報はわからない。いくら公開情報を調べても、すべてを把握することはできない。そこで、可能な限り仮説を準備していく。つまりプロモーションとは、クライアントとのディスカッションの中で、仮説を絞りこむ作業であるとも言える。だとすると、限定した仮説だけを記述した資料は、かえって信頼を失う。これしか考えていないように誤解されたら厄介だからね。また、いくつもの仮説のそれぞれに、詳細な資料を作るのは時間がかかる。コンサルタントは、コンセプトさえ準備しておけば、展開はその場でできる能力がある。わかりやすいメッセージと事例で、コンセプトを伝える能力を持っている。だから、資料はなくてもいい。資料を作るなら、準備したすべての、仮説のコンセプト部分を羅列した、チェックリストのようなものがいいだろう。これは、当日のディスカッションのガイドラインになる」
「なるほど」
「それに、特に駆け出しの君たちは、資料をつくると、それを頼り、本質を見誤ることがあるんだよ」
「それは、どういうことですか」
「さっき君は、B社社長が『親会社は、弊社が外販を追及するあまり、親会社へのサービスが低下することは許さないでしょう』と言ったとき、その言葉の裏にあるものを考えず、クロージングのために用意したグラフを説明し始めただろう。資料があると、その資料のどれを使おうかと考えてしまう。資料がなければ、頭の中のすべての知見を総動員して、最適な提案を考えるだろう」
山口は、自分がB社社長の言葉をバリュー・リスニングできなかった原因を理解した。たしかにあの時、心の中にバリュー・リスニングの信号がなっていたように思えた。しかし次の瞬間、準備していた『変革の概念』に頭がいった。失敗の原因は、準備した資料へのこだわりだったのだ。
「ところで、君は『答え』でコミュニケーションができるようになったね」
難波は、A社へ同行した時、山口が形式的な状況を説明し、A社コンサルティングの答えを言わなかったことを覚えていたのだ。
「岩崎さんに、鍛えられていますから」
「厳しいかね。彼は」
「いいえ。1つ教えてください。なぜ難波さんは、答えを聞くんですか。たとえば僕の前職の、情報システム開発会社では、部長のプロジェクト・レビューは、作業内容やスケジュールの進捗、今後起こりそうな問題と対応方法を聞いていました」
「それは、『答え』が当社の商品だからじゃないかな。システムの世界でも、プロジェクトの最後に、どのようなハード、ソフトを作るかは、ちゃんと共有していただろ。それは、ハードやソフトが商品だからだ。私たちの場合、売っている商品は革新策だ。だから、それがきちんと出ているかレビューするのは当然だろう。また革新策は、ある工程を通れば必ず創造できるものではない。視点に触発された創造によって生み出される。だから、工程が進んでいるとか遅れているというレビューは、意味がない。いかにきちんとした仮説を持っているか。仮説は、どのような事実で検証されたか。このようなレビューが重要になる」
「それは、システム開発の世界でも、同じだと思います。あるいは、日本の企業全体にいえることかもしれません」
「どういう意味だね」
「実は、製造業の目標管理の実態を調査したことがあるんです。ある会社で、本社工場だけが大きな成果を上げていました。ここでは、『答えのマネジメント』をしていたんです。つまり、現在取り組んでいる問題の答えを仮説し、この仮説に到達するための課題を明確化し、推進方法を決めていたんです。この会社の他の部門では、改善の標準プロセスというのがあって、とにかくこのプロセスに則って改善を進めていました。結果、本社工場は計画どおりに改善が進み、他部門では重要な問題の解決策が見つからず、改善が遅れていました。また、化学メーカーで、有能な営業マンの営業日報には、営業の落としどころを想定した上で、今後の行動計画が設定されていることがわかりました。つまり、いつ・誰に・何を・いくらで売るか、どのような訴求をするか、どのようにして競争相手に勝つかを想定した上で、これを達成するための実行計画を立てていたのです。この会社の一般営業マンは、営業の落としどころがはっきりしない中で、常識的な実行計画を立てていました。日本では、コンサルティング会社など、ごく限られた組織で、答えを追求するマネジメントが行われているのではないでしょうか。実際、先日A社のレビューで失敗して以来、僕は答えを最初に考えるように自らの行動を律してきました。つまり答えのマネジメントは、『常に考える組織』を作るための方法ではないかと思います」
「たしかに、人間は安直に方法に走る。方法があれば、とにかく手は動かせるからね。考えるのは辛いし、仮説検証という思考方法はなじみがうすい。これは、新しいコンサルティングサービスになるかもしれないね」
「僕も、そう思います」
「答えのマネジメントの基では、仮説を常にもっていることが必要だ。これは、当社で高いコンサルタントのパフォーマンスを生み出す背景にもなっている」
「方法に逃げるクライアントに対し、コンサルタントは答えを追求するから、クライアントに対して常にリーダシップが発揮できる。わからないことも、わからないとせず、オプション分けをして徹底的に考えるから、難しい問題も答えが出せる。仮説を創造するための事例研究をかかせない。インタビューでも、答えを聞くから効率がいい。クライアントの発言をもとに、共に答えを追求するから、議論が迷走しない。プロイジェクトのレビューでも、答えを追求するから、問題の早期発見と対応ができる。ですね」
山口の発言に対し、難波は満足そうにうなずいた。
「ソリューション・マネジメントと名づけようと思うんですが」
「いい名前だ。じゃあ、君のソリューション・マネジメントに1つアドバイスしよう。僕が部長として、君たちコンサルタントのソリューションをマネジメントする時、何を基準にするかわかるか」
山口は、返事に窮した。
「新しいコンセプトの創造だ。クライアントが求める革新策は、クライアントの競争相手を出し抜かなければならない。気まぐれな顧客に訴求しなければならない。現状維持の方が心地よいクライアントの社員を、革新に向けて動かさなければならない。したがって、単純な改善策や淡々と進められる計画ではダメなんだ。競争相手が、後でその戦略を知って驚愕する。顧客が、『なるほどこれはおもしろい』とうなる。クライアントの社員が『これならいける』と信じる。つまり感動を生み出す策でなければならない。それには、新しいコンセプトが必要なんだ。その意味で『ソリューション・マネジメント』は、コンサルタントに、常に新しいコンセプト創造の緊張感を与えるものといえる」
翌日、山口は難波部長の部屋に呼ばれた。
「B社が、コンサルティングをやってほしいそうだ。コンサルティングを依頼するために、B社社長がどのような厳しい決断をしたか、わかっているね。すぐに企画書を出してくれ」
「わかりました」
山口は、笑顔で応えた。この時山口は、顧客の利益を第一に考えることが、ABCコンサルティングの利益にもつながることを、やっと体感できた。
≪次回へつづく≫
(撮影:郡川正次)
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