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  • 2009/05/15 掲載

【連載】ザ・コンサルティングノウハウ(6):「メッセージ・ファースト」で調査方法を決める(2/2)

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 岩崎の言葉に、山口は気が遠くなった。山口は、岩崎にもう1つ疑問をぶつけた。

「ところで岩崎さん。製造業がサービス事業を立ち上げるのは、そんなに難しいんですか」

「難しい。日本企業で、これを上手にできているところは、とても少ない。事業の特性、成功要件、求められるリソース。多くの切り口で2つの事業は違いがある。これに対応するには、まず経営者が、2つの事業の差、事業に対する考え方の違いを認識しなければならない」

「たとえばどんな違いですか」

「たとえば、必要な知識が違う。顧客の初期投資をおさえるための金融の知識、ネットワークを通じたメンテナンスやバージョンアップを実現するシステムや通信の知識、初期投資の安さではなくライフサイクルコストを訴求する営業マンの知識、このような知識を持った社員は、現在A社には少ないはずだ。

 また、時間や量に関わる常識も異なる。機械を売れば、その時点で売上が立つ。勿論コストもその時点で大きく発生する。サービスは、売上が1桁小さいかもしれない。しかし、ある規模をこえると利益額は機械売りよりも大きくなる。すると、売上事業規模で評価していると、サービス事業が取るに足らないもののように見え、判断を誤ることがある。このような違いは、たとえ頭でわかっても、それを重大な課題だと認識し、きちんと対応することは難しい。既存のパラダイムが、邪魔をするんだ。その結果、必要なリソース配分や体制構築ができず、事業が鳴かず飛ばずになる」

 山口は、岩崎がA社社長の前で、サービス事業に関わる先行競争相手調査の必要性を強調していた理由が、今わかった。同時に、事例の知識がなければ仮説が作れないということを、再認識した。

「それで、競争相手のサービス事業を調査して、A社の重要な課題を明確化するんですね。しかし、これは『リソースを傾注すべき技術を明確化する』という契約内容と違うんじゃないですか。今回そこまで行う必要があるんですか」

「そのためのコンサルティング費用は、今回の契約に折込済みだ。仮説は、何もコンサルティングの品質を上げるためだけに使う訳ではない。コンサルティング契約をする時に、コンサルティングで行うべきことを見通し、コンサルティング受注の勝率を上げることと、コンサルティングに必要な費用を正確に見積もるために使える」

「岩崎さんは、今日議論した社長の悩みや調査課題を、契約前に仮説していたんですか」

「当然だ。契約前の提案の段階で、堀部常務には今言ったことを話してある。だから彼は、我々を気に入って仕事を出してくれたんだ。1つ覚えておくといい。仮説は、一番初めにクライアントに提案に行く前から準備しておく。そして、提案、契約、プロジェクトの立ち上げ、プロジェクトの遂行、そして最終報告までの間、充実・検証し続けるものだ。そのうち山口君には、コンサルティングの提案と案件の受注をしてもらう。その時、今いったことを思い出してくれ」

 山口は、困難な場を与え続けながら部下を育てていくABCコンサルティング社の人材育成方法を、徐々に理解できるようになった。困難な場を与え、任せ、失敗させ、その上でコンサルティングノウハウを与えるのだ。

「先は長い訳ですね。わかりました。ところで、今回のコンサルティングで、A社のサービス事業の戦略見直しが必要だとわかれば、我々の次の仕事ができて、一挙両得ですね」

「コンサルタントは、顧客の利益だけを考える。自分達の次の仕事をとるためにコンサルティングを行えば、その結果は顧客にとってベストではなくなる」

「きれいごとのように聞こえますけど。じゃあ、サービス事業戦略策定のコンサルティングは、受注しないんですか」

「積極的に提案して受注する」

「それはつまり、取れるだけ取るっていうことでしょ」

 岩崎は苦笑した。

「顧客の利益が最大になる提案をし続けるんだ。そして、その実行に我々の支援が必要ならば、我々はどこまででもお手伝いする。顧客が自力で、あるいはほかの業者を使ったほうがうまくいくところまでくれば、我々は身を引く。どこまででも、顧客の利益を第一に考えるスタンスをつらぬくことが重要だよ。決して取れるだけ取るのではない。そんな思惑は、クライアントの経営者には通じない。あるいは騙しとおせたとしても、それは顧客にとってベストではないから、そのようなビジネスは長続きしない。顧客のために貢献することだけ考えろ。そうすれば、結果として我々のビジネスもうまくいく」

 山口は、今ひとつピンとこなかった。

「『顧客の利益を第一に考える』については、体験して腹に入れてもらおう。そのうち、山口君にもプロモーションに参加してもらう。その時体感できるだろう」 山口は、うなずいた。岩崎は、最後に宿題を出した。

「君の今日の社長インタビューは、タイム・マネジメントという観点で、0点だ。さっきまで我々が議論してきた『メッセージ・ファースト』に関し、社長の考えを聞いたのは、インタビューの最後の数分だ。もし僕がいなかったら、君は最後まで社長の話を聞きつづけ、結局コンサルティングに必要な情報を何も得なかっただろう。今日君は、インタビューで何を行うか設定していなかったし、インタビューをまったくコントロールしていなかった。」

「しかし社長は、私が聞くより先に、話し始めましたよ」

「それも落とし穴だ。一般的に、経営者は饒舌だ。彼らは、自ら示すビジョンに向けて社員を導いていく必要がある。チャンスがあれば、部下に語りかける。われわれコンサルタントにも、自らが信じるビジョンを示し、必要な情報を与え、より良い成果を出させようと考えるのだろう。しかしそれを容認し、ありがたく承っていたら時間切れになる。必要なら、相手の話の腰も折る。タイム・マネジメントとは、時間内に、必要なすべての情報収集と、情報提供、合意形成、我々に対する相手の信頼感確立を行うことだ。本来我々は、社長インタビューで何を聞き出し、何を申し上げ、何について合意形成し、社長からどのような信頼感を獲得すべきだったか。そのために、どのような準備をし、インタビューはどのように進めるか。これを事前に詰め、時間内に実践するんだ。社長が最後に、僕を先生と呼んだのを見たろう。君は、僕が最後の数分で、社長からの信頼感の獲得まで行ったことを認識しているのか」

 山口は、黙って下を向いた。

「よし。これは宿題だ。次の打ち合わせからは、必ずタイム・マネジメントをきちんと行うんだ」


≪次回へつづく≫

(撮影:郡川正次)

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