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- 2022/04/28 掲載
メタバースが進化しても「肉は再現できない」、その真面目すぎる根本理由
連載:メタバース・ビジネス・インサイト
前編はこちら(この記事は後編です)
風味には再現すべき感覚要素が多すぎる
身体は、必ず物理的現象を伴うものです。だから、メタバースが普及して、人間の行動がデジタル化していっても、物理世界の身体にかかわる「医療」はなくならないし、「食」も必要です。生理現象とは分けて、人間の感覚だけでみても、味覚や嗅覚の体験をデジタルで再現することは非常に難しい。これをたとえるなら、視覚などほかの感覚がRGBのディスプレイでデジタルに表現できるぐらいの進み具合とすれば、味覚や嗅覚はいまなお絵の具で絵を描いているぐらいにレベルの差があるのです。
どうして難しいのかというと、受容器が多すぎるからです。たとえば、触覚なら、メルケル、マイスナー、パチニ、ルフィニなどの機械受容器と、温度などの数種類の要素で決まります。そのため、バーチャルリアリティもその数個の組み合わせを考えればいいのですが、それでもまだ研究途上です。
ところが、味覚についてはそうした要素が数十あり、さらに嗅覚に至っては数百もあるといわれています。これらの要素をすべて独立に電気的な刺激として表して組み合わせるのは容易ではありません。
ただし、「特定のにおいを表現する」といったことは、すでに1960年代から試みられています。映画でも、香りを体感できる「4DX」のような上映システムがありますよね。
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)で視覚や聴覚などと組み合わせれば、タイ・スワンナプーム空港に降り立ったときのエスニックな香りとか、戦闘ゲームをしているときの機械油のにおいとかを感じることはできると思います。
食についても同様で、物理的な食べものを別の味に感じさせるといった「情報調味料」のようなレベルの技術は色々研究されています。東京大学の鳴海拓志先生が、HMDを用いてバタークッキーでチョコレート味を感じさせる「メタクッキー」を開発していますし、奈良先端科学技術大学院大学の大学院生の中野萌士さんは「VR体験でのドラゴンの肉の食事」の研究をしています。また、明治大学の宮下芳明先生は電気刺激や基本味を混ぜることで味覚を再現することにチャレンジしています。
とはいえ、五感がすべて含まれている食体験を完全に再現するレベルとなると相当難しい。私は「肉肉学会」の発起人なのですが、肉食体験のデジタル化は簡単でないことを承知しつつ、デジタルでないところの培養肉や大豆肉などの「肉のVR」には目配りはしているところです。
「トイレ離脱」はバーチャライズド・リアリティで解消へ
メタバースで生活するうえで、もう一つ気になるポイントとして生理現象、たとえば「トイレ」をどうするかという問題があります。メタバースに滞在しながら、物理世界に帰らずに「用を足す」ということについては、近い将来、実現していくのではないかと私は考えています。「バーチャライズド・リアリティ」という概念があります。物理世界でのある物体を、メタバースにそのまま取り込んだり、別の物体に冕冠して表現するといったものです。たとえば、部屋の床に置かれている電気コードを、HDMの視野ではヘビが横たわっているように表現し、足を引っかけて転ばないように促すといったことです。物理世界の物体をメタバースの世界観にマッチするように変換するには「敵対的生成ネットワーク」(GAN:Genera tive Adversarial Networks)と呼ばれるAIの技術などが期待できそうです。
たしかに、人間に生理現象がある以上、物理世界での物理的なトイレは必要であり、メタバースにいる人間は、そのトイレ地点まで移動しなければなりません。
けれども、バーチャライズド・リアリティでトイレをメタバースにマッチさせたデザインで表現し、メタバースの世界観を損なわせずに用を足すといったことは今後実現できるでしょう。HMDを外して、素にかえる必要はなくなるのです。
【次ページ】「身体を動かさずに身体を動かす」ための研究
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