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- 2021/08/27 掲載
竹中工務店 研究開発の裏側、「研究者らしくない感性」こそ“耐久性10倍”実現のカギ
連載:イノベーションの「リアル」
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当初はまったく違う用途での適用を考えていた
(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──制振ダンパーの開発で、多くのご苦労があったと思いますが、まずは本研究はどのように始まったのでしょうか?ただ研究の始まりは、まったく違う用途を考えていました。当初は、回復力に優れた鉄系形状記憶合金を接合部やカシメなどの締結に応用する研究を進めていたのです。形状記憶合金は、変形しても熱を加えると元の形状に戻ろうとします。
しかし、この変形メカニズムに目を向けると、「金属疲労、特に低サイクルの疲労にも強いのでは? であれば非常に良い材料に化けるのでは?」と思い、新たな用途として閃いたのが制振ダンパーでした。そこから制振ダンパー用途に研究のベクトルを変えました。
──研究方針の転換は大きな決断だと思います。会社側は何かおっしゃいましたか?
櫛部氏:会社側に非常に感謝していることは、ボトムアップ指向で、かなり自主性を重視してくれたことです。専門技術者としての熱意があれば、認めてもらえる風土がありました。最初のテーマについて大風呂敷を広げても、駄目そうであれば、明確に目があるものに切り替えるようなことは比較的自由でした。
建設現場の「大物材料」で本当に性能が出るか?
──テーマを変えてから、新たな困難や乗り越えるべきハードルはありましたか?櫛部氏:こういった研究は、やはり初めは手のひらに載るような小試験片から基礎実験を始めます。しかし建設現場では何メートルという部材が使われます。こういった大きな材料でも、安定した品質で確実に作れるようにする点にかなり苦労しました。
世の中にない新技術や新製品を生み出すキッカケは、だいたいが不具合の原因追及から始まるものです。だから結果オーライではなくて、なぜなのか?という学術的な裏付けをもって、その過程まできちんと解明しなければなりません。それが明らかになると、逆に自信を持って社会に出せます。
──形状記憶合金が金属疲労に強いことは、以前から知識として知っていたのですか?
櫛部氏:いいえ、最初は「もしかしたら」という感じでした。熱を加えると元の形状に戻る形状記憶合金の変形メカニズムを応用できれば、金属の原子結合が切れにくいだろうし、「地震で建物が揺れて、強制的な外力が加わるときも疲労耐久性に優れているのでは?」とパートナーの研究者と議論しました。そして実際に試験してみたところ、今の性能とは比べ物になりませんがそこそこ良い結果が出たのです。
──そのような発想は、どこから出てきたのでしょう?
画期的な技術を新材料で生み出したいという考えは以前からありました。建築分野の制振ダンパーには、鋼材系ダンパーの他にも、粘性体、粘弾性体、オイル系などの種類があります。鋼材系はコストパフォーマンスに優れ、シェアも高いのですが、長周期・長時間地震動に対して金属疲労が蓄積しやすいという課題がありました。そのため、“材料屋”が手がける重要なテーマの1つとして、頭の片すみでは意識していました。
それと私は、取りこぼすのは嫌。可能性は全部見るスタンスで仕事をしてきました。これは入所時の上司の影響が大きかったと思います。常に「研究者として、もしかしたらと気になることがあれば、そこはマメになれ」「具体的な裏付けなく、多分。。は使うな」と言われていました。ですから形状記憶合金の用途も、当初のテーマ以外に色々考えていました。また制振ダンパー開発に方向転換する時には、基礎実験データは揃えてしっかりと裏を取りました。
当時形状記憶合金の研究者は、形状記憶特性(形状回復量や形状回復力)を究めようとしている方が多く、低サイクル疲労特性には目を向けていませんでした。私は“材料屋”ですから、「やはり試しに金属疲労についても調べておかないと気持ちが悪いな」と思っていたことも幸いして、先んじて研究を開始できたことは幸運でした。
10年後を見据え、10倍の疲労耐久性を持つ制振ダンパーを目指す
──制振ダンパーを適用分野として思いついた段階で、「これはいける」というお気持ちはありましたか?櫛部氏:まず先に課題が頭に浮かんだため、感動はありませんでした。学術的には試験片の検証だけでも発表できますが、実用化する道のりまで想像すると10年近くかかるだろうと。それでも勝負する価値があるのか、その段階では確信が持てませんでした。
とはいえ、縮小モデルの実験時に、予想を超える結果が得られたこともあり、ガッツポーズする場面はありました。そういった中で、長い研究を続けようという覚悟もつきました。ステージゲート的に言えば、「よし、このゲートは越えた。では次の関門に行くぞ!」という繰り返しでしたね。
──ゲートを超えるために、工夫されたことはありましたか?
櫛部氏:実験後に予想した結果と同じなら次はこれを、違う結果なら次はあれをするというように、事実をありのまま受け入れ、複数のケースを想定しながら、次のアクションに移りました。そういう点では、データが出てから長く考え込むことは少なかったです。当社は建設会社で、納期に間に合わせることは絶対ですので、先を予測し準備しておく姿勢は、研究開発にも根付いていると思います。
それと大切な点は、従来比10倍の疲労耐久性を目標にしてきたことです。そのコンセプトに則る結果が出た瞬間、「世の中に技術を伝えるストーリー」に乗れたことを実感できる目標がいると思いました。つまり、この技術が世の中にデビューして、メディアに躍るPRポイントを想像したとき、3倍や5倍ではインパクトが薄い。「10倍の性能」は絶対に手放したくないと。このあたりは、研究者らしくない感性かもしれませんね。
やはり長い開発期間をかけて実現するならば、次の10年後も世の中に凄いと言ってもらえる製品にしたい。相当頑張れば届く可能性があり、共同研究者とも共感できる性能目標値をどこに置くか、それには悩み一番時間をかけました。責任は重大です。開発期間の予想と期間終了時の目標値の設定をどのレベルに置くか、そこは人により最も差が出る点だと思っています。このコンセプトが生きている限り、研究のモチベーションも続きました。「どうせなら一桁違う性能を目指そう」と、研究パートナーと一緒に頑張っていけます。
【次ページ】完成した瞬間、感動があふれてメンバーと共に「男泣き」
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