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  • 2021/07/02 掲載

売上低迷で「なくなるかも」からの発想転換、キリン『生茶デカフェ』開発秘話

連載:イノベーションの「リアル」

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妊産婦や子供が安心して飲める「カフェインゼロの緑茶」は、これまで世の中にあるようで実はなかった。というのも、お茶のおいしさを損なわず、カフェインを取り除く技術がなかったからだ。そうした中、キリンはカフェインを吸着する物質によって、緑茶の抽出液から選択的にカフェインを取り除く技術を独自に開発。世界初となるカフェインゼロ緑茶飲料を『生茶』ブランドから誕生させた。緑茶からカフェインを取り除く新機軸を打ち出した、キリンビバレッジ 商品開発研究所 副所長 塩野 貴史氏にその開発の裏側を聞いた。
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キリンビバレッジ
商品開発研究所 副所長
塩野 貴史氏
大学で化学工学を専攻し、微生物を使った廃水処理を研究。2003年にキリンビールに入社。麹菌を利用した健康機能性素材、キリンビバレッジでの「やわらか生茶」、焙煎米麹などの開発に携わり、2010年よりカフェイン除去技術の開発・実用化に着手する。キリン独自の「カフェインクリア製法」(特許製法)を開発し、「生茶」や「午後の紅茶」に適用。2018年4月、文部科学大臣表彰 科学技術賞を受賞。2021年4月、紫綬褒章を受章


なぜお茶に含まれるカフェインの除去が難しいのか?

(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──世界初となるカフェインゼロの緑茶。この技術の研究開発は、まずどのようにスタートしたのでしょうか?

塩野 貴史氏(以下、塩野氏):当時の研究所長がテーマを設定し、主担当として私一人で始めました。2009年に中長期の技術開発を行うコア技術研究所が設立され、研究開発テーマの1つとして「カフェイン除去技術」のプロジェクトが立ち上がりました。そこで、もともとカフェインオフ飲料を担当した経験のある私が、研究開発を手掛けることになったのです。

──カフェイン除去の技術自体は当時もあったと思いますが、従来の技術とはどう違うのですか?

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おいしいお茶をカフェインゼロで提供する『生茶デカフェ』。まろやかな甘味を残し、妊産婦や子供に安心して飲んでもらえるようにした
塩野氏:従来のカフェイン除去技術は、原料であるコーヒー豆や茶葉からカフェインを溶出させる技術が一般的です。しかし、カフェインとともに味わい成分も溶出してしまうため、特に緑茶ではおいしさを保ちながらカフェインだけを除去できる技術がありませんでした。そこで、お茶の抽出液からカフェインだけを取り除く技術に挑戦することとしました。

──なるほど。技術的な難易度が高くても、なぜ挑戦したかったのでしょうか。

塩野氏:2008年ごろにカフェインを少なくした「カフェインオフ」の水出し茶を弊社でも出し始め、カフェインオフの市場ニーズが少しずつ高まっているのを感じていました。また当時、緑茶飲料市場では「家庭の急須で淹れたお茶の味」を目指す方向が主流となっていました。そこで、我々は「家庭では作れないお茶」を作る方向へ行こうと考え、ニーズが広がり始めていたカフェインオフに着目し、「カフェインゼロのお茶」に挑戦したというわけです。

──難しい技術のようですが、スタート時点で開発に勝算はあったのでしょうか?

塩野氏:開発当初は勝算などなく、従来の茶葉加工やエキスも含めて検討していましたが、香味の損失やコストが高いという問題がありました。そこで、茶抽出液からのカフェイン除去へシフトし、選択的にカフェインを吸着する吸着剤を見出したことで、実用的なコストでおいしさとカフェイン除去を両立できるカフェインクリア製法を開発することができました。


部長会議で急きょプレゼン、熱意で動きだしたテストプラント

──本連載は、研究開発の「感動」に焦点を当てています。感動の経験はありましたか?

塩野氏:一番大きな感動といえば、当時の生産部長がテストプラントへの投資を後押ししてくれて、実機での技術を確立できたことです。暗中模索の中で、生産本部が協力してくれたことが1つの転機になりました。生産には多額の投資が必要なので、マーケティング部門の上市意向が確認できないと、トップも首を縦に振れません。そのような状況で、生産本部の意思として、投資判断をしていただきました。

──その経緯について、もう少し詳しく教えて下さい。

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アクト・コンサルティング 
野間 彰氏

塩野氏:当時、私は研究所所長と同じ社宅にいて、たまたま帰り道が一緒になったときに、駅のホームで「明日の会議、お前が来なくていいのか?」と言われました。翌日は部長会議があり、設備投資が議題になっていました。そこで、「私に説明させてください」と所長にお願いし、部長会議に参加させていただくことになりました。

──その会議でどんな話をしたのですか?

塩野氏:まずは技術の実現性について。そして、思いを語りました。実現性については、数百リットルスケールでのプラント試験は成功していたので、実機へのスケールアップも可能だという確信がありました。そして、低迷する『生茶』ブランドに対して、お客様に振り向いていただくキッカケになると話しました。

 当時、『生茶』ブランドは味に自信はあったものの、売上は低迷しており、売り場に置いてもらえないこともありました。このままいくとブランドがなくなってしまうという危機感がありましたので、従来の商品が満たせていないニーズを充足するカテゴリーを作ることで、もう一度『生茶』を売り場に置いてもらうことができると考えました。

──塩野さんの熱い思いが伝わったのですね。

塩野氏:研究所長のご厚意で、リーダーでもなかった自分が部長会議に出席させてもらえて、生産部長が「生産本部の意思でやろう」と言ってくれたのです。これは本当にありがたかったですし、何があっても成功させようという気持ちになりました。

──この会議で、塩野さんは何か学びましたか?

塩野氏:「このような働きかけをしてもいいんだ」と気づきました。今は出来る限り「自分で限界を決めずに行動する」ことを心がけています。この会議の気づきがそのような行動につながっていると思います。

【次ページ】妊娠中の妻が気づかせてくれたデカフェのニーズ
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