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現在、欧米諸国とともに、日本でも従来型のコンピューターとは異なる仕組みで動作する「次世代コンピューター」の開発競争が巻き起こっている。その分野の1つが量子コンピューターだ。なぜ日本は量子コンピューター開発に挑むのか。経産省の担当者に聞いた。
量子コンピューター開発の背景
近年、現代社会に広く普及している従来型(ノイマン型)(注1)のコンピュータとは異なる仕組みで動作する「次世代コンピューター」が注目されている。
注1:計算プログラムを記憶装置に格納しておき、それを順に呼び出して逐次処理を行う方式
その背景には、従来型のコンピューターの性能向上に限界が見えてきたという事情がある。コンピューターの性能向上は、「集積回路上の半導体(トランジスタ)の数が、1.5年~2年ごとに倍増する」というムーアの法則に沿った半導体の微細化と、それによる処理速度や省電力性能の向上に支えられてきた。
しかしながら、現在、ムーアの法則は終焉を迎えつつあるとも言われており、微細化のみを通じて継続的に性能を向上させることは、難しくなってきている。
その一方で、AI技術などを活用した製品やサービスが急速に普及しており、大量のデータを高速かつ省電力で処理することへのニーズは、これまで以上に拡大している。
たとえば、非営利の人工知能研究機関であるOpenAIによると、近年、最先端のAIが学習に要する計算量は、概ね3.5ヵ月ごとに倍増しており、過去5年半の間に約30万倍へと増加している。これは、AI技術が急速に進歩していることを示すとともに、AIの学習を担うコンピューターの高性能化が極めて重要であることを意味している。
このような状況下において、微細化のみに頼ることなく情報処理技術を高めるため、次の2つの方法に注目が集まっている。
1つは、「ドメインスペシフィック・コンピューティング」と呼ばれる、特定のアプリケーションで中心となる演算領域(ドメイン)に特化した情報処理技術を用いる方法である。たとえば、「AI処理に特化した回路構成を持つAIチップ」がこれに当たる。
もう1つが、従来技術の延長線上にない新たな仕組みの「次世代コンピューター」を開発する方法であり、その中でも、最も大きな期待を寄せられているのが「量子コンピューター」である。
各国政府における量子コンピューター開発
量子コンピューターの開発には、世界各国が取り組んでいる。一例を挙げると、米国政府は、2016年の時点で量子コンピューターを含む量子情報科学分野に年間2億ドルを投資していたが、2018年末に「国家量子イニシアチブ法」が成立し、今後5年間で総額12.8億ドルの予算が投入されることとなった。欧州や中国においても、米国と同様に、巨額の研究開発費がこの分野に投入されている。
日本政府も、近年、量子コンピューターの開発に力を入れている。経済産業省では、2016年度より、量子コンピューターの一種である「量子アニーリングマシン」や、量子コンピューターから着想を得た新型コンピューターの開発に取り組んできた。特に、2018年度に「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業」を立ち上げて以降、その取り組みをさらに強化している。
世界の量子アニーリングマシン開発の動向
量子コンピューターには、大きく分けて、「量子ゲート型」と「量子アニーリング型」の2つの方式がある。前者の方式の量子コンピューターは「ゲート型量子コンピューター」、後者は「アニーリング型量子コンピューター」もしくは「量子アニーリングマシン」と呼ばれている。
ゲート型量子コンピューターは、いわゆる汎用型の量子コンピューターであり、理論的には、あらゆる種類の問題を解くことができる。実際には、高速で解くことのできる(高速化可能なアルゴリズムが見つかっている)問題は、現時点では限られているが、それらの問題については、高速化が保証されている。
一方、量子アニーリングマシンは、膨大な組合せの中から最適な組合せを見つける「組合せ最適化問題」を解くことに特化した量子コンピューターである。組合せ最適化問題に特化していると言うと、応用範囲が非常に限定的な印象を与えるが、社会には至る所に組合せ最適化問題が存在しており、広範な産業分野で活用される可能性を秘めている。
たとえば、配送情報や交通量の変化を踏まえた物流オペレーションの構築、金融市場の変動を反映したポートフォリオの更新、人々のニーズに合わせたコンテンツの配信、AIを活用した新材料の開発などは、すべて量子アニーリングマシンの有望な適用領域として期待されている。
量子アニーリングの特筆すべき点は、ビジネスで扱う問題を試験的に解いてみることのできる、一定の規模を持ったハードウェアが開発されていることである。
量子アニーリングに対する注目が高まったきっかけは、2011年のディー・ウェイブ・システムズ(D-Wave)による世界初の商用量子コンピューター(量子アニーリングマシン)の発表だが、それ以降も同社のマシンの集積度(量子ビット数)は増加を続けており、現在2048量子ビットに達している。試行錯誤のために利用できる実機が存在することは、ビジネスへの活用に向けた検討を進める上で、非常に有用だ。
このため、D-Waveとそれを追う企業・研究機関(海外は、グーグル、MIT、ノースロップグラマン、キリマンジャロ、国内は、産業技術総合研究所、理化学研究所、NECなど)によるハードウェア開発もさることながら、D-Waveのマシンを使って、自らのビジネスに量子アニーリングマシンを活用するためのアプリケーションの探索や実証実験に取り組む企業もいる。
このような先進的なユーザー企業としては、たとえば、航空・軍事大手のロッキードマーティン、自動車大手のフォルクスワーゲン、自らハードウェアも開発しているグーグル、日本のデンソー、リクルートコミュニケーションズなどが挙げられる(出典:D-Wave ウェブサイト)。
加えて、量子コンピューターではないが、通常のデジタル回路の設計を工夫したり、デジタル回路と量子技術を組み合わせることにより、組合せ最適化問題を高速で処理することのできる新型コンピューター(以下、この新型コンピュータと量子アニーリングマシンを合わせて「アニーリングマシン」という)が、国内の複数の企業によって開発されている。D-Waveと同様に商用サービスの提供を開始した企業もあり、ユーザー企業のコミュニティ拡大に貢献している。
【次ページ】経済産業省の「アニーリングマシン開発」戦略とは
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