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量子コンピューターの中でも量子「アニーリングコンピュータ」にはどんな事例が生まれているのか。実際に効果はあるのだろうか。普及へのヒントは──。経済産業省政策シンポジウム「次世代コンピューターが実現する革新的ビジネス」の中からデンソーやリクルートコミュニケーションズ、TDKが量子アニーリングコンピューターをどのように使おうと考えているのかを紹介する。
デンソー:工場内を走る自動搬送車の渋滞軽減に活用
デンソー 先端技術研究所担当係長 寺部雅能氏は、「自動車や工場がインターネットにつながると、『データを取る』『データを活用する』『最適化』『自動化』という順で発展していく」と語る。そして、現時点では、データを取って活用する段階にあり今後数年で、それに続く「最適化」の需要が高まると考え、組み合わせ最適化問題を高速に解ける量子アニーリングマシンを利用する取り組みを始めたと付け加える。
寺部氏は、量子アニーリングコンピューターの活用例の1つとして、工場内を走る無人搬送車の渋滞を解消する実証実験を挙げた。無人搬送車は工場内の決まったルートを、荷物を載せて走るものだが、数が増えると渋滞を起こしてしまうという。
ディーウェーブ システムズ(D-Wave Systems)の量子アニーリングコンピューターを活用して、無人搬送車の速度やルートなどをリアルタイムで最適化し続けたところ、渋滞がかなり減り、無人搬送車の稼働率が15%上がったという。
寺部氏は「工場内での施策で15%の稼働向上というのはものすごく大きな数字」と強調し、効果の大きさをアピールした。今後、同じような実証実験を、デンソーのさまざまな工場で実施していき、実用化を目指しているという。
そして寺部氏は、量子アニーリングコンピューターの実用化について、「このような有効な用途の研究だけでなく、基盤ソフトウェアやハードウェアなどが成熟することでようやく使えるものになるだろう」と考えを示した。
量子コンピューティングによる工場の配送最適化
リクルートコミュニケーションズ:広告配信の最適化に利用
リクルートコミュニケーションズ リードエンジニア 棚橋耕太郞氏は、デジタルマーケティングの分野で量子アニーリングコンピューターを使い始めているという。リクルートは旅行情報やグルメ情報など「サービスを求めるユーザーと、サービスを提供する業者を結びつけるプラットフォームを提供するマッチングサービス」を運営している。
棚橋氏は、サービスを推進するにあたりデジタルマーケティングに注力しており、「いつ」「誰に」「何を」伝えるかを常に配慮しながら施策を打っているという。商品をユーザーに勧めるとき、ユーザーが欲しいと思ったタイミングに合わせて、本当に興味のあるユーザーに絞り、サービスを非常にわかりやすく説明することが必要だということだ。
ただ、「いつ」「誰に」「何を」を精密に考えていくほど、組み合わせの数が膨大になっていく。そこで、量子アニーリングコンピューターを活用しようというわけだ。
たとえば、「いつ」という問題では、テレビCMの配置を量子アニーリングコンピューターを利用して最適化し、「誰に」という問題では、機械学習における特徴量選択という手法を量子アニーリングコンピューターで処理する手法を開発し、最適なユーザーの予測が可能になったという。
そして、「何を」という問題では、旅行情報サイト「じゃらんnet」における、宿の表示内容の最適化に量子アニーリングコンピューターを利用したという。「じゃらんnet」でユーザーが宿を検索しようとすると、必ず宿の一覧ページを通るが、ここに表示する宿をどのようにして決めるかという問題だ。この掲載内容、掲載順序によって、全体の売り上げが大きく変化するという。
従来は単に人気の高い宿を上から順番に並べていた。この方法では「ビジネスホテルばかり」「同じエリアのホテルばかり」など同じような種類の宿ばかりを表示することになり、一部のユーザーにとって非常に使いにくい形だったという。
そこで、宿の「人気度」に合わせて、宿の「多様性」の情報を抽出し、人気度と多様性を両立するような並べ方を求める手法を開発したそうだ。この手法は「二次割り当て問題(目的関数が二次式になる問題であり、厳密な計算が困難な問題)」に帰着するものだが、二次割り当て問題は、従来のコンピューターでは効率良く解くことができないものだ。
リクルートコミュニケーションズでは、D-Wave Systemsの量子アニーリングコンピューターで、この問題を効率よく解けると示すことができた。加えて、この手法で求めた並べ方と、従来の手法で求めた並べ方を実際のWebサイトで比較するために ABテストを実施したという。その結果、新たに開発した手法で並べた方が、従来の手法で並べるよりも1%ほど全体の売り上げが向上することを確認できたとしている。
しかし棚橋氏は、本格的なビジネスで量子アニーリングコンピューターを活用するには、乗り越えなければならない問題がいくつもあるとも指摘する。たとえばリクルートのサービスは24時間365日稼働しており、量子アニーリングコンピューターも、同じように安定稼働を期待したいが、まだその段階には達していないという。また、手作業でパラメータをチューニングしているが、これを自動化する仕組みが必要だとしている。
【次ページ】原子レベルの磁性体の最適な組み合わせをシミュレーションで求める
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