「数理最適化×量子コンピューティング」驚きの効果とは?企業の意思決定に効く理由
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熟練者の経験に頼るしかない、システム化できない原因は?「最適化問題」とは
このように与えられた条件の中で、特定の目的を最大限達成するため方法(解)を求める問題のことを「最適化問題」と呼ぶ。この最適化問題はビジネスシーン、特に何かを決定する際に現れやすく、これを攻略できるかどうかが、企業のあらゆる取り組みの成果を大きく左右する非常に重要なポイントになるのだ。
しかし、ビジネスの現場を見ていると、こうした問題に対するアプローチは経験豊富な熟練者のノウハウ頼りの場合が多い。たとえば、「1枚の金属板からムダなく部品を切り出す方法」のような問題を考える場合、社内の経験豊富な担当者の“勘”と“経験”に頼って解決しようとするケースは少なくない。より丁寧にアプローチする企業であれば、社内外のあらゆるデータを集めて現状分析や未来予測を行い、そこから導き出されたいくつかの選択肢を1つずつ試し、効果的な解決策を探っていく、といった方法をとっているかもしれない。
しかし、どれだけ現状分析や未来予測などを行っても、考え得るいくつかの解決策の中から「最適な解決策を選ぶところ」は結局手探りになることが多く、この問題を乗り越えなければ成果につながりにくいのだ。現在、多くの日本企業のDXが成果を出しきれていない原因にも、この「最適化問題の攻略」が深く関わっていることが多い。
それでは、最適化問題にどう立ち向かっていけば良いのか。その有効なアプローチとして「数理最適化」と呼ばれる数学的アプローチと、量子コンピューティングの技術の1つである「アニーリングマシン」がある。ここからは、「数理最適化」と「アニーリングマシン」とは何かを解説していく。
最適化問題を解決に導く「2つのアプローチ」とは
この数理最適化のアプローチを実現するためのソフトウェアを開発・提供している企業がGurobi Optimizationだ。Gurobi 社の日本支社であるオクトーバー・スカイ 最適化コンサルティング部 シニアマネージャー 乾 伸雄 氏は、次のように説明する。
「たとえば、1つのロールケーキを、その場にいる子供の年代などを踏まえて最適な大きさにムダなく切り分けたいとします。この場合、ロールケーキの大きさや本数、子供の年齢に応じた幅などを数式で表現してソフトウェアで解を求める、というアプローチになるわけです。このような問題を『裁断計画問題』と呼び、製造業の現場では、よく知られています」(乾氏)
乾氏によれば、すでにさまざまな産業で使われている数理最適化だが、何かを計画したりスケジュールしたりする、といった領域で活用が進んでいるという。
そして、最適化問題を解くもう1つのアプローチが、量子コンピューティング技術の1つである「アニーリングマシン」だ。
そもそも量子コンピューティングの技術は、大きく「量子ゲート」と「アニーリングマシン」に大別できる。量子ゲートは、従来のコンピュータが使っていた「論理ゲート(論理演算を行う回路)」の代わりに「量子ゲート(従来コンピュータのビットを量子ビットに置き換え計算する手法)」を使って計算処理を行う方式だ。従来の古典コンピュータに代わるもので、その実用化にはまだ時間がかかるとされている。
一方の「アニーリングマシン」の方式は、最適化問題に特化した技術で、すでに現実のビジネスで活用できる技術が登場している。それが「量子インスパイヤード」だ。量子コンピューティング技術に強みを持つ、NEC 量子コンピューティング統括部 シニアプロフェッショナルの千嶋博氏は次のように説明する。
「量子インスパイヤードは、アプリケーションから見たときのインターフェースは量子コンピュータと同じですが、その中身は現在の最新デジタルコンピュータで実装されています。いま現在使える量子コンピュータ所縁の技術となっており、NECでは2021年9月から『NEC Vector Annealingサービス』という名前で、サービスとして提供しています」(千嶋氏)
「2つのアプローチ」の使い分けが重要な理由
「数理最適化と量子インスパイヤードは、スタート地点が異なり、それぞれが独自に進化を続けている技術です。ただし、組合せ最適化問題という従来のコンピュータでは解くことが困難な"大きな敵"を前に、ともに問題を切り崩そうとしている点は共通しています」(千嶋氏)
そこで重要になるのが、技術の使い分け・組み合わせだ。
「現実の課題を解くときは、数理最適化や量子インスパイヤード、AIなどの技術の組み合わせ、使い分けが重要になります。多くの社会課題は複合的であるため、それを部分問題に切り分けて、切り分けた部分ごとに最適な技術を選択していくことが必要なのです」(千嶋氏)
実際に「数理最適化」と「量子インスパイヤード」には、それぞれ向き/不向き、特徴がある。
たとえば、解きたい問題を数式に表したとき、それが一次式であれば数理最適化、二次式であれば量子アニーリングが向いている。また、数理最適化では毎回同じ解が得られるのに対し、量子インスパイヤードでは解くたびに異なる解が得られる。このため、厳密な解を得たいときは数理最適化、制約や目的を満たす解をできるだけたくさん見つけたいときは量子アニーリングといった使い分けが必要になる。
この数理最適化と量子インスパイヤードの技術は、それぞれに進化を続けている。たとえば、NECが提供している量子インスパイヤードの技術のサービス「NEC Vector Annealingサービス」を交えながら、千嶋氏は次のように説明する。
「従来の量子アニーリング技術がすべての組み合わせを探索するのに対し、Vector Annealing 2.0は、制約条件を考慮して効率的に探索します。さらに最新の3.0では、制約条件を完全に満たす解だけを探索できるように改良されています」(千嶋氏)
また、数理最適化のソルバを提供する乾氏も、Gurobi Optimizerの進化について次のように述べる。
「数理最適化ソルバの基本的な性能はスピードで決まります。その意味では、ソフトウェアの速度は約10年で80倍も高速化しました。さらに、ハードアウェアの進化も含めると、数理最適化ソルバの性能は数千倍高速化したと言えるでしょう」(乾氏)
これを受けて千嶋氏からは、両社のもつ技術は、出発点やアプローチは異なるものの、最適化問題という大きな敵を切り崩すことを目指すという点では共通しているとの見解も示された。
「2つのアプローチ」×「AI・機械学習」の驚きの効果
乾氏は「NECとの協業により、数理最適化の認知度の低さや、データの精度という課題を解決し最適化をより推進できる」とその意図を説明した。
それでは、数理最適化を得意とするGurobi社との協業により、NECは何を目指すのか。それを示すのが以下の図だ。
これは、NECが「AIとは何か」を示したものであると、NEC 最適化テクニカルセンター長 中村 暢達 氏は、次のように説明する。
「データを見える化し、分析して、その後で対処・最適化するのがAIです。前半の見える化と分析で主に使われるのが機械学習であり、ここの領域には、すでに多くの企業が取り組んでいます。そして、その後の対処・最適化に貢献するのが数理最適化であり、今回の協業によって、この部分が大きく進展すると期待しています」(中村氏)
では、数理最適化や量子インスパイヤードなどの最適化技術と機械学習を組み合わせると、何が可能になるのか。中村氏はいくつかのユースケースを示す。
1つは、機械学習で将来の予測値を計算して、その予測値にしたがって計画を最適化することだ。たとえば、コンビニで商品の売れ行きを予測して、それに合わせて仕入を最適化するといったケースがこれにあたる。
「また、NECでは製造から小売までの食のバリューチェーン全体を最適化し、食品ロスを削減する『需給最適化プラットフォーム』を提供しています。これも、1つの例となります」(中村氏)
2つ目は大規模な事象を機械学習でクラスタリングし、最適化計算できる規模に分割することだ。
「たとえば、多数の配送拠点がある場合、すべてを結ぶ最短の配送ルートを求めるのは困難です。しかし、教師なし機械学習の1つであるクラスタリングを用いて拠点をグループ化して規模を小さくすれば、各グループ内で最適化技術を使って最短の配送ルートを求めることが可能になります」(中村氏)
その他にも、複数の学習モデルの組み合わせを最適化して機械学習の精度を向上させる、最適化に必要な数式を作るとき生成AIを用いて、自然言語で数式を簡単に作れるようにするなど、AI、機械学習、最適化技術の組み合わせによって、より広範囲な課題の解決が期待されている。
何が足りない? DX推進の努力を結果につなげる最後のひと押し
「これからの企業には、現実の問題を数理最適化のアプローチで分析できる人材が不可欠であり、問題を数式ベースで考えられる人材の育成が、とても重要だと思います。また、数理最適化にはデータが欠かせません。したがって、デジタル化によってさまざまなデータを蓄積することが必要だと思います」(乾氏)
NECの千嶋氏も「最適化技術を正しく理解して、試してもらいたい」と応じたうえで、最適化技術によって、企業はDXの効果を"刈り取れる"、経済価値に結び付けられる、と次のように説明する。
「DXの第一歩は、実世界からIoTなどの技術でデータをたくさん集めて分析して見える化することです。次に分析を深めて近い未来を予測します。そして最後にこの予測を元に、最適なアクションを選択、つまり意思決定を行いますが、そこでよく出てくるのが、従来のコンピュータ技術では扱うのが難しい『最適化問題』です。数理最適化や量子インスパイヤードは、まさにそこで活躍する技術なのです」(千嶋氏)
そして、繰り返しになるが、この技術はすでに活用可能であり、実際に成果も挙げている。たとえば、NECフィールディングは、保守部品の配送計画をNEC Vector Annealingサービスで自動的に立案し、配送効率を約20%向上することに成功している。
「また、NECプラットフォームは、工場の生産ラインの生産計画でNEC Vector Annealingサービスを利用しています。1つのラインで数多くの製品を生産するため、熟練者が毎日1時間以上かけて計画を立てていましたが、その立案工数を90%削減し、設備稼働率を15%向上させることに成功しました」(千嶋氏)
現場も経営層も嬉しい…「意思決定」を超高速化する方法
たとえば、現在、物流の2024年問題に対応するために、多くの物流企業が配送業者の見直しや、トラックの台数、配送ルートなどの再検討を行っているが、最適な答えを見出すのに時間がかかっている。
しかし、数理最適化や量子インスパイヤードの技術を使えば、さまざまなシミュレーションを行って、ヒト・モノ・カネの経営リソースをどう配分するのが最適なのか、コンピュータ上で試行錯誤し、具体的な数字を根拠に早い判断ができるようになる。
あるいは、工場に急ぎのオーダー依頼が入ったとき、その仕事を受けられるかどうかも判断できるようになる。
「従来であれば、現場ラインを管理している熟練者の判断に頼らざるを得なかったと思いますが、数理最適化や量子インスパイヤードの技術を使えば、受けられるかどうか、受けた場合は工程をどう変更するか、受けた場合と断った場合でどちらの経済効果が高いかなどを、早く、的確に判断できるようになります」(千嶋氏)
このように、実世界の変化を仮想世界に取り込んで検証し、その結果を再び実世界に反映する。そしてこれを繰り返すことで、現場から経営まで、ビジネスに不可欠な"意思決定"を圧倒的に高速化することが可能になるのである。
とはいえ、数理最適化や量子インスパイヤードの技術を導入し、活用している企業は決して多くはない。だからこそ、まずは「知る」ことが重要になると、千嶋氏は次のように説明する。
「数理最適化や量子インスパイヤードの技術によって何ができるのか、どんな課題を解決できるのかを、ぜひ知っていただければ思います。そのうえで、ぜひ技術の活用にトライしていただければと思います」(千嶋氏)
NECでは、そのために必要な教育コンテンツから、NEC Vector Annealing、Gurobi Optimizerなどの実際に使えるソリューションまで、さまざまなメニューを用意している。少しでも興味を持ったら、ぜひNECにご相談いただきたい。
https://jpn.nec.com/quantum_annealing/index.html?cid=quantum-202410-ad-BIT