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多くの企業にとってIoTの取り組みは、実証フェーズから、実ビジネス展開のフェーズに移行しつつある。しかし「取り組みの裾野は広がったが、日本企業の取り組みはまだ十分とはいえない」と指摘するのが、日本初の「モバイルクラウド」の提唱者として知られるウフル 専務執行役員 IoTイノベーションセンター所長の八子 知礼氏だ。『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』を上梓した八子氏に、日本企業のIoTの取り組みの現状やマネタイズ、プラットフォーム指向についてどう考えているかを聞いた。
(聞き手:ビジネス+IT編集部 松尾慎司)
今こそIoTの「本質」に立ち帰る必要がある
──このたび、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書 』を上梓されましたが、このタイミングでIoTの「教科書」を発刊した狙いについて教えてください。
八子氏: 2016年春にIoTイノベーションセンターが立ち上がり、数多くのお客さまのところに訪問して感じることは、IoTとは何かについて、お客さまの理解がまだ進んでいないということです。PoC(Proof of Concept:概念検証)に取り組むお客さまも、その先のビジネスフェーズになかなか結びついていません。
我々はこの6月から、「IoTイノベーションスクール」という教育事業を立ち上げました。これは「IoTとは何か」「どんなメリットがあるか」ということを、広く理解していただく必要があると考えたからで、そのためには基本を網羅した「テキスト」が必要です。そうしたことから今回の出版に至りました。
──IoTの裾野が広がってきた一方で、IoTの本質をまだ十分に理解できていない現状があると。
八子氏: IoTというのは、Internetというキーワードがつく以上、ITのトレンドだと考えられるわけですが、私はどちらかというとビジネストレンドだと考えています。
単にモノにセンサーがついてネットワーク化していくということでなく、モノやコト、人がデータでつながり、結果としてフィジカルな、リアルな世界とデジタルの境界がなくなっていく。デジタルとフィジカルの融合、これがIoTの本質だと思います。
IoTと従来のデータ分析は何が違うのか
──デジタルといわゆるリアルが融合することによって、ビジネス的にどういうインパクトがあるのでしょう。
八子氏: デジタルの世界では「時間」を自由に操ることができます。これはどういうことかというと、過去の傾向値からいくつかのパラメーターに沿って、将来起こりうるシナリオを予測あるいはシミュレーションできるということです。
あるいは過去の事象について、さまざまなデータを重ねていくことで、原因を分析することもできます。過去と将来、この2つの時系列を自在に操るというのは、現実世界ではできないことです。特に、将来の予測については、これから変化が激しくなるビジネス環境の中で、将来のシナリオを条件別に複数想定しておくことができるという点で、ビジネスにとって大きなメリットとなるでしょう。
──これまでも統計分析は行われてきました。これまでのデータ分析とIoTとの違いはどこにあるのでしょうか?
八子氏: 日本の場合、製造業がFA(Factory Automation)で製造工程の自動化に取り組んできました。また、M2M(Machine to Machine)で機械間の通信に取り組んできた企業も多くあります。しかし、今起きているIoTのトレンドは、基本的に4つの技術から成り立つものです。
1つ目はスマートフォンをはじめとするモバイル、2つ目はクラウドコンピューティング、3つ目がソーシャルメディア、4つ目がビッグデータアナリティクスです。これらの技術はこの10年で出現してきた技術ばかりです。
特に、ビッグデータについては、「スマートフォンのソーシャルメディアアプリで撮影した画像付きで位置情報表示をオンにしてつぶやく」といった非構造化データを中心にこの10年で爆発的にデータが増えました。モバイル、クラウド、ソーシャル、ビッグデータという4つの技術を使って構成されるものが、破壊的な価値創出につながっていく。これが従来の統計分析とIoTとの違いです。
今、第3次AIブームが進んでいますが、これまでのAIブームとの最大の違いは「データ量」です。そして、データを処理するコンピューティングリソースもそれを利用できる経済的な環境も圧倒的な差があります。IoTにより、さまざまなモノ、コト、人がつながり、膨大なデータが集まります。それを高速で分析し現場にフィードバックされていく。それによってビジネスモデルを作りやすくなったのが、一番の違いだと思います。
「全体最適」の観点で、日本企業の取り組みはまだまだ遅い
──では、日本企業のIoTの取り組みについてどう見ていますか。
八子氏: 先進的な取り組みをしている企業といえば、コマツが挙げられます。2001年より取り組んできた「KOMTRAX(Komatsu Machine Tracking System:コムトラックス)」をベースに、建機の自動化・IoT化を進めてきてスマートコンストラクションというビジネスモデルを作り上げました。
また、ファナックも、オープン化を指向し様々な企業の設備機器が繋がる工場用IoTのプラットフォーム「FIELD System(フィールド・システム)」を生み出しました。自分たちのビジネスの課題、危機感の中から、データを活用した新たなビジネスモデルを生み出してきたのですね。
ほかにも、我々が関与している事例では、村田製作所の仮想センサープラットフォーム「NAONA」がありますが、改善や生産性向上に邁進するのではなく、プラットフォーム化していく発想であらたな収益モデルを模索するイノベーティブな視点を持つ企業が、IoTの取り組みに成功しているように見えます。
一方で、うまくいっていない企業というのは、プラットフォーム化がうまくいっていません。プラットフォーム化しようとすれば、当然ながら会社全体の取り組みになります。しかし、一部門だけ、たとえば工場だけで小規模なPoCをやっているとか、製造過程では取り組んでいるものの、物流では取り組んでいないとか、部分最適になっているケースです。
ビジネスプロセス全体でデータを統合していこうという取り組みは、トップの関与のもと、全社的に行うもので、それができていない会社が多いというのが現状ではないかと思います。すなわち、それぞれの組織が繋がっていないわけです。ここにIoT時代に繋がるはずの大きな課題が存在します。
──たとえば、製造業では、これまでのレガシーなビジネス資産があって、連携、データ統合が難しいという課題もあると聞きますが。
八子氏: おっしゃる通りです。モノやコト、データを繋いでいくときに、レガシーシステムに連携できないという問題はあります。システムであれば次の更改のタイミングで見直す、生産ラインなどの設備であれば設備更改のタイミングで見直しをかけていくのが現実的でしょう。実際には設備更改のタイミングを待てないので小さなPoCや見える化を開始している企業は多々存在します。
──更改のタイミングがすぐに訪れる企業だけとは限りません。そのサイクルで間に合うのですか?
八子氏: 間に合わないかもしれませんが、全体最適の視点で大規模に全体を繋げようとするとそうせざるを得ません。これは日本だけの問題ではなくて、ドイツの企業などとディスカッションしていると、彼らも「20年かかる」といっています。彼らは冗談で「自分たちのボスがいなくなるタイミングだ」などといっていますが、これまでの古い概念、レガシーなアセットが更改されるタイミングでないと、なかなかコネクテッドな設備投資というのは進んでいかないというのは、彼らもよくわかっているのでしょう。
【次ページ】IoTのマネタイズはプラットフォーム化の方向に進む
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