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ディープラーニングが第3次AIブームを牽引し、さまざまなビジネス領域での活用が議論される。AIが真に普及するには「人間と人工知能の建設的な協調の議論が欠かせない」」と語るのが、日本のAI研究の第一人者、人工知能学会会長の山田 誠二 氏だ。山田氏は、かつて産業革命期にイギリスの労働者が起こした機械排斥運動「ラッダイト運動」になぞらえ、「AIによって人間の仕事が奪われるのは誤った認識」だとして、両者の得意分野を相互に補うことが望ましいと提言した。
AIと人間の対立を過度に煽るのは健全ではない
「ガートナー ITインフラストラクチャ&データセンターサミット 2017」に登壇した山田氏は冒頭、ガートナーによるテクノロジーのハイプ・サイクルを紹介し、現在AIは「過度な期待」のピーク期にあり、今後、幻滅期に入るという点を紹介した。
現在、幻滅期に入りつつある他のテクノロジーとしてIoTやビッグデータを挙げた山田氏は、「データを収集、蓄えた先に、どう活用するかはアカデミックでも議論の対象となっている。これを明確にすることが今後のブレイクスルーには必要だ」と述べた。
学術研究分野としての人工知能(Artificial Intelligence:AI)は、1956年のダートマス会議で確立し、約60年の研究の歴史がある。その概念は「人間並みの知的な処理をコンピューター上に実現すること」にあるが、山田氏は、「そもそも、人間なみ、知的な処理とは何かという本質的な部分に、工学とは別の、哲学的、宗教的な深い問題を含んでいる」と述べる。
ともあれ、AI研究の歴史を振り返ると、当初は「強いAI」、すなわち人間と同等のAI、究極的にはロボットにつながる研究がメインだった。しかし、技術的な限界や停滞もあり、最近では「弱いAI」、すなわち人間をサポートする知的システム。人間と一緒に知的作業を行うAIに注目が集まっている。
技術的な限界とは、一言でいえば「人間の判断や行動は、無意識で行われ、ルール化、記号化できない」という問題だ。人工知能のメインストリームは、論理記号ベース、すなわち人間の行動を論理的に記号化することにある。
「1970年以降は、国家プロジェクトとしてのAI研究が開始され第2次AIブームが到来しましたが、人間の行動の多くは無意識であるという点でAI研究は壁に当たりました。たとえば、医療における診断など、一見すると抽象的、論理的な行動と思われるものも、医師からすると言語化できない推論がたくさん含まれていることがわかってきたのです」(山田氏)
昨今、機械学習ベースのAIが注目されるが、その背景にも「ルール化」があると山田氏は指摘する。
「ルール化、記号化は難しいものの、機械に具体例を与え、識別させることは可能です。たとえば、腫瘍が映っているCT画像と、映っていない画像を入力すると、機械が自動的に判定できるようになります。この認識、識別のアプローチが機械学習です」
こうした状況を踏まえ、山田氏は、いわゆる「シンギュラリティ(技術的特異点)」という問題にも一石を投じる。これは、約30年後の2045年には、あらゆる領域で人間を超える知性を持ったAIが出現し、人間の存在、仕事が脅かされるという議論だが、山田氏は「個人的には噴飯もの」だとする。
「生物は何十億年かけて、莫大な並列計算をして、世代交代を行い、その結果、条件に合う最適な機能を身につけてきました。それが、たった20年から30年の限られた演算しか行わない計算機上で実現できるかというと、直感的にも難しいと分かります」(山田氏)
AIは単なるプログラム、過度に人間と同じように考える、対立を煽るのは健全ではないと山田氏は指摘する。
ディープラーニングが牽引する第3次AIブーム
近年の第3次AIブームを牽引するのがディープラーニング(深層学習)だ。これは、ニューラルネットワークという、脳の神経回路を模した多層化モデルで、幾層も層を重ねることで表現が抽象化されていく。ニューロン間のシナプス係数を表す数値を変換していくプロセスが学習ということになる。
この構造は、1979年に工学博士の福島邦彦氏が発表したネオコグニトロンに関する論文で発表した構造とほぼ同じと言われるが、一方で、ディープラーニングは、学習した結果を人間が見ても、可読性が非常に低いという問題がある。
「高次元で大規模な配列は抽象度が高く、これを人間が見てもまったく理解できません。ここが論理記号ベースのAIとの違いで、ちょうど人間の脳を調べても、どこでどういう処理が行われているか、生理学的なレベルで見ても、なかなか理解できないのと似ています」(山田氏)
ディープラーニングは、AIの一分野である機械学習の、さらに一分野である。そのような従来の数学的アプローチと異なるディープラーニングがなぜ、ここまで注目を集めるのか。
それは、ディープラーニングの成功例を見ると分かると山田氏は指摘する。たとえば、「一般物体認識」がその例だ。一般物体認識とは、「犬」と「猫」など、制約のない実世界の画像の中から、コンピューターがその中に含まれる物体を認識すること。
「現在は、犬、猫など単純なグループではなく、1000個以上のグループに分類する研究が行われています。たとえば、飛行機を認識するために、飛行機の絵がプリントされたTシャツの画像など、『見方によっては飛行機に見える』画像が含まれ、その中から飛行機を識別することを学習していきます」
山田氏によると、2012年ぐらいまでは、一般物体認識は、エラー率が約25%程度の精度で、その精度は「10年くらい変わりがなかった」そうだ。これが、ディープラーニングのアルゴリズムにより、一気にエラー率が15%程度にまで改善された。一般的には10%程度の性能差はほとんど体感できない差だが、「研究者にとっては驚愕の結果」だったという。
これを機に、ディープラーニングのアルゴリズムが公開され、研究が広まっていった。
一般物体認識の他にも、ゲームのように「複雑だが、ルールが決まっているもの」のように、探索空間が広いが、ルールを全部書きつくせる分野において、ディープラーニングの強みが発揮されると山田氏は述べる。そして、データ量とコンピューターリソースの飛躍的向上が、その進化を後押ししている。
しかし、ディープラーニングといえど、万能ではない。その理由を山田氏は2つ挙げる。1つは、数億にのぼるおびただしい数のパラメーターだ。「これの初期値を決めるのが大変で、どういう初期値を設定するか、どのパラメーターの組み合わせがいいかというのは、はっきり分かっていない」とのことで、今後、さらに多層化が進むと、うまくいくかどうかが予測できなくなる可能性がある。
もう1つは、膨大な訓練データが必要な点だ。人間は「事象としては少ないが、重要だというのを考慮し、学習することができる。しかし、ディープラーニングは、『よくあるものは次もある』と考える。すなわち、事象として少ないものは、重要であっても捨てられる」ため、そこが人間の学習とは異なるというのだ。
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