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2013年9月28日時点でJ1リーグの首位に立つ横浜F・マリノス。1995年、2003年、2004年と過去3回のリーグ制覇を果たしたが、その後成績は低迷し、2009年には18チーム中、10位にまで落ち込んだ。それに呼応するように1試合当たりの観客数も大幅に減少する。そうした状況の中、F・マリノスの再生を託されたのが元日産自動車 執行役員で、2009年途中から横浜マリノス 代表取締役社長に就任した嘉悦朗氏である。そこで嘉悦氏が用いたのが、日産自動車にV字回復をもたらした企業改革手法だ。
ゴーンCEO直結の“クロス・ファンクショナル・チーム”
1999年、日産自動車は2兆円以上の有利子負債を抱え、倒産寸前の危機的状況にあった。そうした中、仏ルノーとの提携に踏み切り、企業再建へのスタートを切ることになる。日産自動車に入社以来、ずっと人事部門を歩いてきた嘉悦氏は、9月18日に行われた「FUTUREONEHybセミナー」において、当時の社内の状況を次のように振り返った。
「自部署の目標が最優先で、いわば部分最適。まさに縦割組織の弊害が当時の日産を苦境に追い込んだ。」
1999年、日産のCOOに就任したカルロス・ゴーン氏は抜本的な企業改革に着手、日産リバイバルプラン(NRP)を打ち出した。目標として掲げられたのは、商品ラインナップの刷新、購買コストの削減、生産効率の向上、研究開発効率の向上、販売/マーケティングの効率化、グローバル従業員数の適正化、財務体質の強化、グローバル組織の改革といった項目だ。そしてこれらを検討するためのプロジェクトとして、経営トップに直結した組織横断のクロス・ファンクショナル・チーム(CFT)を9チーム(後に10チーム)、発足させた。
各CFTは、CEO(またはCOO)-リーダー(役員2名)-パイロット(1名)-メンバー(約10名)という構成を採り、メンバーはそのチームが担当する課題に関係した各部署から若手・中堅のエース級が選抜され、本業と兼務で週に数回、CFTの活動に携わる。
通常の活動はパイロットが先導し、役員2名から成るリーダーは“メンター(=助言者)”的な役割を果たす。CFTの活動は「ベンチマーク」と「ブレーンストーミング」が柱となっており、多様な経験と視点を有するメンバーの議論を経て、革新的な提案を作り上げて行く。
嘉悦氏は9個のCFTのうち、組織/意思決定プロセスの改革を担当する第9チームのパイロットに任命された。
「このCFTというスキームが、日産の改革の非常に大きな原動力となった。各CFTのメンバーは定期的に経営トップとのミーティングを持ち、直接意見交換を行う。そうすることで、経営トップとCFTメンバーの思いが一致し、メンバーのモチベーションも格段に高まる。」
経営トップから直接、問題意識や期待を伝えられたCFTは、高いモチベーションを維持し続け、2ヶ月半で1チーム当たり平均100個を超える革新的なアイデアを経営トップに提案し、日産のV字回復に大きな貢献を果たすことになる。
実際に最初の2年間で、購買コストは20%削減、工場稼働率は1.5倍に改善し、販売チャネルは5つから2つ(最終的には1つ)に統合した。グローバルの従業員数も約15%適正化し、2兆円以上あった有利子負債も約2年で完済した。 こうして日産は最大の危機を脱し、以後、驚異的なV字回復を果たして行く。
「CFTの役割は、既存の概念や組織、あるいは仕組みへのチャレンジ。同じ部門の、ある意味同質化した社員だけが集まって知恵を出し合っても、革新的なアイデアは、まず生まれてこない。求められるのは“多様性”。部門横断チームを結成する意味はそこにある。そしてその活動を、経営トップが主導し、また全力でバックアップする。これが企業改革に必要なこと。」
明らかに“負のスパイラル”に陥っていたF・マリノス
CFTでの活動経験を持つ嘉悦氏が、F・マリノスの再建を託されたのが2009年途中のこと。過去に3回、リーグ制覇を成し遂げた名門チームが、当時は低迷し、改善の兆しすら見えなかった。その年の最終順位は18チーム中、10位。
1試合当たりの観客数も2005年がピークで約2万6000人。これが2009年には2割も減って、約2万2000人になっていた。成績も悪く、観客も入らない、しかもこの2つが負の連鎖を生むという正に悪魔のサイクルに陥っていた。
「きっかけは極端なコスト削減。もちろん、リーマンショックによる経営環境の悪化もあり、当時としてはやむを得ない状況にあったことは理解できるが、結果として、近視眼的なマネジメントに偏らざるを得なかったことが負のスパイラルから抜け出せない原因の1つになった。」
言うまでもなく、プロサッカーチームの支出で一番大きな割合を占めるのが人件費。J1の多くのチームでは、これがコスト全体の約4割を占める。従って、コスト削減のプレッシャーが強い環境下では、どうしてもこの人件費を抑制せざるを得ないのは事実だ。
「具体的には、年俸の高い選手を移籍させ、名のある選手は取らずに、例えばユースから上がって来た若手中心で行くという方針を徹底することになる。事実、2009年のF・マリノスはJ1リーグ全体でもかなり下位に属する年俸総額にまで抑制してしまった。」
これを一般の企業に置き換えれば、会社の生命線である商品や技術開発のための投資を止め、会社としての競争力を犠牲にしてでも、当面の経営を成り立たせるというのに近い。
「すると、ますます成績は低迷し、チームの魅力も低下して、観客はさらに減り、グッズも売れなくなるし、スポンサー企業も離れて行く。そうなると、さらにコストを抑制しなければならない。そこでまた選手を出す、そして取らない。まさに負のスパイラルに陥る。」
一方でF・マリノスは、年間で約1000回の地域貢献活動を行っていた。たとえば1年に250以上の小学校を訪問し、午前中にサッカーの授業を1時間行って、昼休みには給食を一緒に食べながら食育を行う。その他にも市内のあらゆるところに出向き、4万4000~5000人の人たちとサッカーを通して触れ合うといった活動だ。
「これはJリーグでトップクラスの活動量。これだけ地域のために貢献しているにも関わらず、観客数は減っている。この事実は、地域貢献活動が、結果としてファンの拡大につながっていない、つまり、チームの成績や魅力だけが我々の訴求ポイントになってしまっていることの何よりの証拠ではないか。だとすれば、社内の業務プロセスやマネジメントに明らかに欠陥があるというのが、着任した時の私の問題意識。」
【次ページ】マリノスの観客数アップに取り組んだ3つのCFTとは?
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