『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇』著者 豊崎由美氏インタビュー
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変わって何が悪い!
『ニッポンの書評』
──今回お話を伺う上で、『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇』と対になる存在として、『ニッポンの書評』(光文社新書)があるなと思いました。連載時期が重なっていることもあり、併走している感じがします。前者は、1冊1冊の書評から見えてくる書評観があり、もう一方は、枠組み自体を考えることから見えてくる書評観がある。
豊崎氏■ 『ニッポンの書評』は、書評というジャンルを認知させたい、確立させたい、そんな動機から書かれた本です。それから、連載していた2010年までの書評というものを振り返り、現状報告をしておきたかったのです。だから、たとえばこれから20年後くらいに、次世代の新しい書評家がその時の『ニッポンの書評』を書けばいい。それがその時代の現状報告になる。そういう確認を積み重ねていくことが、書評を文芸の1ジャンルとして認知してもらうことにもつながると思うんです。
──評価や書評観は変わります、ここに書いているものはあくまで現在の私の考え方です、と明言されているのが印象的でした。
豊崎氏■ だって人間は変わりますから。作家も変われば、当然読む方だって変わります。たとえば、子どものころ読んで「何だ、これ?」ってあきれた本を、大人になって読み返したら「こんな面白かったのか!」ってビックリした……誰しもそんな経験があると思います。逆もしかり。人間は変化する、成長するってことをまず認めないといけません。たとえば、私のやっているランク付けみたいなことだって、「201●年の豊崎由美」が勝手にやっているだけの、その程度のものなんですよ。それは「絶対」評価なんかではまったくない。
──でも、作者や評者が変わることをよしとしない、不変であることを求める読者も少なくないのでは?
豊崎氏■ そうそう、多いですねえ。作家の評価を変えると「掌返し」なんて言って怒る人がいますよね。「豊崎由美はこの本を×って言ったじゃないか! それなのになぜ同じ作家の次作を褒めるのか」って。本とは1冊1冊向き合うべきなのに、何を蒙昧なことを言っているんだろうなって思います。一度批判したら一生批判し続けなきゃいけないんですかね。それが純粋さの証しだとでも思っているんですかね。そういう方には「あなたは本を読み始めてから、一切変化してないわけですか?」「本によって刷新される経験をしたことがないんですか?」ってお聞きしたいですよ。私は変化を恐れたり忌む人を尊敬できませんけどねえ。
そういえば、今、荻窪のベルベットサンというライブハウスで、評論家の栗原 裕一郎さんと「いつも心に太陽を 慎太郎で巡る現代日本文学60年史」というイベントを定期的にやっているんですけど、これまであれだけ「慎太郎大っ嫌い!」って言ってきた私ですが、なんと今のところ彼の作品を誉めていますからね(笑)。だって、いい作品はいいんですから。本当はいいと思っているのに、作者のことを嫌いだからって理由でケチばかりつけていたら、それは書評家として誠実と言えるでしょうか? 言えませんよね。それはそれ、これはこれ、です。
──絶対的に固定化された信念があり、それに準拠して書かれたレビューは、はたしてレビューなのか?ということも言えますよね。
豊崎氏■ それが私のよく言う「土俵」問題ですよ。自分の土俵に相手を引っ張り上げて、向こうはそんな相撲とりたくないって言っているのに無理やり組もうとする。しかも「オレが上手とるから、よろしくね」って勝手に決めてしまう強引さ! それは間違っています。書評の主役はあくまで対象となる本なんですから、その本に評者が沿わなければいけない。向こうがボクシングしたいって言うんだったら、ボクシングをする。相手のリングにこちらが上がらなければ始まりません。
──それが「1冊1冊と踊る」ということですね。
豊崎氏■ そうです、“一緒に”踊るんです。相手が「スローなブギにしてくれ」って言っているのに、マンボを強要するのは止めましょうね、ということです。それが基本中の基本。「書評観は変わる」って書きましたが、この点については一生変わらないと思います。『ニッポンの書評』のなかで悪い例として批判している書評もあるのですが、その書評が良くないと言っているだけで、それを書いた同じ評者が別なときに素晴らしい書評を書いていることだって当然あるでしょう。
──『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇』収録の書評のなかで、「評価は変わる」という点において印象的だったのが、福永 信さんの著作に対しての評価です。過去にご自身が下した評価と向き合い、それを訂正することから始められています。
豊崎氏■ 福永さんが変わったのではなく、私が変わったわけですね。私の読解力が上がったのです。きっかけは雑誌「ユリイカ」の「文学賞A to Z」という特集の中で行った大森 望さんと島田 雅彦さんとの鼎談においてですが、あの時の私には、お2人にはあった読解力と作品を楽しむ余裕がなかった。それは認めないとしょうがないですよ。そうじゃなければ、福永さんの新しい作品と向き合う資格がなくなってしまいますから。
──でも、そこではっきりと「間違いだった」と認められるのがすごいと思います。過去に批判したことを「なかったこと」にせず、そこから再スタートする。それはまさに、本と作者に対する豊崎さんの誠実さの表れだと思います。
豊崎氏■ 神様じゃないので、間違えるし、失敗もします。で、私は失敗する自分を許しているんですよ。「だって、人間だもの」って(笑)。許しているから、素直に非を認めることができるんです。たぶん失敗を認めるのが怖い人は、自分を許してないんですよ。こんなことをする自分であって欲しくないって考えてるんじゃないかなあ。でも、私は子どもの頃からずっと失敗ばかりしているので、いわば失敗は自分にとってのデフォルトなんですよねー。あと、「だって、その時はそう思っちゃったんだもん! 仕方ないじゃん!!」っていう開き直りもあるのかも(笑)。
「わからない」で拡張される自分
──『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇』には、興奮からか前のめりのトーンで書かれているものであったり、静謐な筆致のものもあったり、ノリノリのトヨザキ社長節のものもあったり、じつに表情豊かな書評が並んでいます。今後、書評においてやってみたい試みなどはありますか?
豊崎氏■ 今、私が身につけたいと思っている技が、「わからない」ってことを書く書評です。「わからない」と書いても人が読みたくなるような書評もありえるのではないかって。
東野 圭吾さんの短編集『超・殺人事件 推理作家の苦悩』(新潮文庫)の中の1篇に「超読書機械殺人事件」というのがあって、そこに「ショヒョックス」という架空の機械が出てくるんです。これは、そこに小説を入れると、いい書評がぽんっと出てくる便利な機械なんですけど、そうしたものが現実に存在したとします。で、その機械に、豊崎 由美の文体の特徴や思考の形態とかを全部入力したとします。そこでショヒョックスから吐き出されてくるような書評を私は書いちゃダメだって思うんです。1冊1冊にちゃんと対応していない書き手だと、ショヒョックスに代用されてしまうわけですよ。
データをもとに機械が構築できてしまう書評──とは同じにならないのが人間の書く書評だと思うんです。そして、その究極の形が「わからない書評」じゃないかなって。わからなかったんだけど面白かった、そんな作品は実際に多々あるわけじゃないですか? 「わからない」ことを認め、なおかつその「わからない」でもって小説を魅力的に輝かせる。そんな芸を近々身につけたいものですね。
──今はどうしても「わかる」ことが求められてしまうところがありますものね。
豊崎氏■ むしろ、わからないことの中にこそ面白さが埋まってるんじゃないかと思うんです。本来、読書のダイナミズムって、自分の「外」にある。自分の外にある驚きや、未知の感情に接することで、自分がちょっとだけ外に向かって拡張される。その体験の歓びや驚異の感覚を、書評家はちゃんと示せないといけないと思っています。
──『ニッポンの書評』では、小説を大八車にたとえ、「書評家はそれを押す役目を担っている」と書かれていますが、豊崎さんのされているお仕事や活動って、考えてみるとすべて「後押しする」という方向に向いているように思います。「よんでいいとも!ガイブンの輪」をはじめとするトークイベントしかり、池袋コミュニティカレッジで開催されている書評家講座しかり、最近ですとTwitter文学賞しかり。今後やってみたい企画などはありますか?
豊崎氏■ 私の蔵書ってなかなか良くてですね、海外文学の絶版で読めない作品とかもけっこう揃っているんです。だから、いつか自分の本を収蔵した「トヨザキ文庫」を作れたらなあと夢想しています。それと、Twitter文学賞の先に、全米批評家賞みたいな日本の批評家大賞を作りたいですね。作家が選んで投票する仕組みじゃなくて、書評家と批評家と新聞の文芸記者によって授賞する文学賞。どちらもお金がかかってしまうので、なかなか難しいのですけれど、死ぬまでには実現させたいですね。
(取材・構成:
辻本力 )
●豊崎由美(とよざき・ゆみ)
1961年生まれ。ライター・書評家。著書に『正直書評。』(学習研究社)、『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇』(本の雑誌社)、大森望との共著『文学賞メッタ斬り!』シリーズなどがある。
※なお、豊崎由美氏の「崎」は正しくは「大」が「立」となります。
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