- 2025/02/02 掲載
「緊張したとき、お腹に不安感を覚える」の真実とは? 腸が人に与える驚異的な影響
ヒポクラテスも予想外? 人と腸の深すぎる関わり
紀元前4世紀、近代医学の父ヒポクラテスは、「消化不良は諸悪の根源である」、そして「死は腸に宿る」という先見の明のある言葉を遺しました。17世紀のオランダの科学者アントニ・ファン・レーウェンフックは、自分でつくった一眼顕微鏡で、自身の体から採取したサンプルを検査し、はじめて微生物を観察した人です。この驚くべき発見について、本人は「私はいつも、その物質の中にとても可愛らしい動きをする、非常に小さな生きものがたくさんいるのを不思議に思いながら見ていました」と言っています。
19世紀には、フランスの動物学者イリヤ・メチニコフが、発酵乳に含まれる細菌には「自家中毒」の予防効果があるという仮説を立てました。自家中毒とは、疲労から憂うつまで、幅広い症状を表した用語です。彼の仮説によると、ヨーグルトを食べれば老化を遅らせ、健康を促進できるそうで、当時は多くの人に支持された説でしたが、その後注目されなくなり、1世紀以上にわたって忘れ去られていました。
そして20世紀後半から今日に至るまで、現代医学研究はこれらの基礎的な考えをまとめ、微小な細菌が人間のような大きくて複雑な生物に与える驚異的な影響について、その全貌を解明しました。
消化管が体全体に大きな影響を及ぼすという、ヒポクラテスの主張は間違っていませんでした。しかし、腸が人の考え方や感情の形成にまで深く関わっているとは、さすがのヒポクラテスも予想だにしなかったのではないでしょうか。
レーウェンフックの功績は、人間の体に住み着く細菌の脅威と有用性を理解するのに役立ちました。ヨーグルトに関するメチニコフの学説は、細菌の増殖を促す食品を食べると、腸の健康を改善できるという考えを確立し、現代のプロバイオティクス(人や動物の体の助けとなる微生物)の基礎をつくりました。
最後に、ノーベル賞受賞者のジョシュア・レーダーバーグは、体内に生息する多種多様な微生物を指す言葉として、2001年に「マイクロバイオーム」という用語をはじめて使いました。その後20年あまりの間に、医学研究者たちは健康な脳が健康な腸からなり、健康な腸が健康なマイクロバイオームの育成からなることを証明しました。それにより、栄養精神医学の礎が築かれ、メンタルヘルスに関する新しい考え方が切り開かれました。
これらの考え方についてより理解を深めるために、腸と脳のさまざまなつながりを学んでいきましょう。
腹黒・腑に落ちる…医学的に解明される前からある表現
哲学者プラトンは、理性と感情を、人間を反対方向に引っ張る2頭の馬にたとえ、人間は理性的な「頭」と情熱的な「心」の綱引きによって物事を判断するという、有名な観念を残しました。この二分法は、その後トーマス・ジェファーソンのような啓蒙思想家によってさらに発展しています。彼は1786年に送ったラブレターに、彼の頭と心の間で交わされた会話を書き記しており、頭と心が喧嘩するというのは、現代でも馴染み深い概念です。頭や心臓と並んで、思考や感情と関係のある部位がもう1つあります。そう、腸です。一般的に、腸は私たち人間としての存在の根源であり、私たちが知るすべてを結びつけるものでもあります。
度胸があり覚悟が決まることを「腹が据わる」と言い、直感を信じることを英語では「腸(gut)を信じる」と言います(日本語でも似たところで「腑に落ちる」という表現があります)。また、嫌いな人の性根を「腹黒」や「腸(はらわた)が腐っている」と表現することもあります。腸が心の健康の支点であることは、最近になってようやく医学的に解明されましたが、そのずっと前から、私たちは明らかに、感情を発達させ表現する上での腸の重要性を本能的に理解していたのです。
もちろん、生理学的知識に磨きをかけて、事実をそのまま解釈すれば、これらの比喩表現に限界があるのはすぐにわかります。実際は脳が、冷たく計算高い合理的思考だけでなく、ありとあらゆる感情を処理することは、すでに判明している事実です。
心臓は血液を送り出すのに忙しく、解剖学的に感情や欲望を司っているとはいえません。また、腸には実際に決意を固めたり、ばらばらのピースをつなぎ合わせて真相を理解したりといった、特別な力は備わっていません。それでも、現代の研究によって、腸は感情を制御する上で極めて重要な役割を果たしており、腸の不調は、不安症などの精神的な苦悩につながると証明されています。 【次ページ】もともと1つの存在だった腸と脳
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