- 2025/02/02 掲載
「緊張したとき、お腹に不安感を覚える」の真実とは? 腸が人に与える驚異的な影響(2/2)
もともと1つの存在だった腸と脳
医師として診察してきた数年を振り返ると、メンタルケアにおける腸の重要性を患者に心の底から納得させるのは、なかなか骨が折れました。体内でかなり離れたところに位置する2つの臓器に、強いつながりがあるというのは直感的に理解しづらいでしょう。また、食べものを栄養と老廃物に分ける汚れ仕事を任されている存在感の薄い腸が、まわりの世界の情報を処理する高尚な能力をもつ脳に、なんらかの影響を及ぼせることが、いまいち信じられないのでしょう。
私は、不潔な燃料精製所としての腸のイメージを払拭し、消化器系、免疫系、神経系がつつがなく機能するように多くの住人──善良な微生物たち──が忙しく働く、大都会のようなイメージを広めたいと思っています。
思い出してほしいのですが、腸と脳はもともと1つの存在でした。私たちはまず、卵子と精子の結合後、子宮もしくは試験管の中で受精卵として生を受けます。その受精卵から何兆もの小さな細胞がつくられ、最大の臓器である皮膚から、最小の緻密で美しい脳内構造まで、体のありとあらゆるパーツが形づくられます。
脳と脊髄からなる中枢神経系は、神経堤細胞と呼ばれる特殊な細胞からつくられます。これらの細胞は、発達中の胎児の体全体に移動しますが、中でも特に腸になる部分に移動して、腸神経系と呼ばれる、消化管の働きを制御する神経ネットワークを形成します。腸神経系には1億~5億個のニューロンが含まれ、これは体内で最大の神経細胞の集まりです──そう、脳よりも大きいのです。そのため、専門家の中には腸を「第二の脳」と呼ぶ人もいます。
腸神経系は自律神経系の一部とされています。自律神経系はストレス反応において重要な役割を担っており、心拍、呼吸、瞳孔拡張など、不随意な身体反応を制御しています。腸神経系は中枢神経系から独立した存在なので、脳から直接指示を受けなくとも機能します。
しかし、独立しているからといって、通信しないわけではありません。実際、この2つの神経系は頻繁に連絡をとり合っており、まるで携帯電話にかじりついて日々の些細な出来事をメッセージし合うティーンエイジャーのように、ほぼ絶え間なくやり取りしています。
このやり取りがおもに通る導管は、迷走神経です。その名の通り、体内を迷走するように、長い距離を曲がりくねりながら伸びている神経です。迷走神経は脳幹を腸壁に結びつけ、消化管と中枢神経系を物理的につなげています。そして脊髄感覚神経と呼ばれるより小さな神経を介して、神経インパルス(信号)が重要なメッセージを運んで行き来するのにひと役買っています。一方でホルモン、神経伝達物質、炎症マーカー、免疫シグナルは、循環器系を介して腸と脳の間を行き来しており、それもまた、両者の通信と連携を叶える経路となっています。
ストレスを感じているときにお腹がゴロゴロ鳴るワケ
ところで、なぜ腸と脳は会話する必要があるのでしょう。両者の間でとられるコミュニケーションの大部分は、消化の監視、食欲の調節、摂取した食べものの把握、そしてエネルギー獲得のための食べものの分解のために行われます。ですが、それだけにとどまらず、両者は気分についても連絡をとり合います。ストレスを感じているときに緊張性の消化不良のせいでお腹がゴロゴロ鳴ったり、緊張や興奮したときに「腹に蝶がいる(そわそわする)」ような不安感を覚えたりといった経験は、きっとあなたにもあるはずです。これらの状態はどちらも、腸と脳が迷走神経を介して通信し、中枢神経系と消化管の足並みをそろえた結果なのです。
緊張性の消化不良は、たまに少しある程度なら心配はいりません。ですが、心の健康状態によっては、それよりもかなり深刻な消化器系の問題が引き起こされる場合があることが明らかになっています。
実は不安のほうこそが過敏性腸症候群の原因かもしれないのです。証拠に、過敏性腸症候群は、心理療法や選択的セロトニン再とり込み阻害薬(SSRI)などの、メンタルケアを目的とした治療で改善されます。不安症はほかにも、逆流性食道炎や消化性潰瘍などの深刻な消化器疾患を引き起こしたり、悪化させたりするといわれています。
腸と脳は疑いようもなく生理的に深く絡み合っており、互いに助け合いながら、あなたの健康と幸せを維持するために必要不可欠な仕事を果たしているのです。
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