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  • 2021/05/31 掲載

大規模ワクチン接種システム「架空予約の不具合」、政府が犯した決定的なミスとは?

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コロナ危機をきっかけに日本政府がITを使いこなせないという実態が次々と明らかになっている。ITに関する議論では技術力そのものに話題が集中しがちだが、ITシステムの開発・運用を成功させるカギは技術だけではない。技術以外の重要な部分について改善できなければ、いつまで経っても日本政府はITをうまく活用できないだろう。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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大規模ワクチン接種システムの「架空予約の不備」が発覚した。この事件の本当の問題点はどこにあるのだろうか?
(写真:毎日新聞社/アフロ)

メディアの指摘に政府が厳重抗議

 2021年5月に入って、東京と大阪でワクチンの大規模接種のネット予約がスタートした。ところが、朝日新聞社が運営するAERA dot.と毎日新聞が、架空の番号でもワクチン接種の予約が出来てしまうと報じたことで、システムの不備が明らかになった。

 予約サイトは、あらかじめ配布された市区町村コードと接種券番号、生年月日などを入力しなければ予約できない仕組みだが、適当な番号を入力しても予約できてしまうことを、実際に記者が確かめた。

 大規模接種は自衛隊が実施するので、予約システムも自衛隊の所管だが、この報道に対して岸信夫防衛相は「記者が不正な手段により予約を実施した行為は、本来のワクチン接種を希望する65歳以上の方の接種機会を奪い、貴重なワクチンそのものが無駄になりかねない極めて悪質な行為です。両社には防衛省から厳重に抗議いたします」「この国難ともいうべき状況で懸命に対応にあたる部隊の士気を下げ、現場の混乱を招くことにもつながります」とツイッターで発言している。

 つまり、システムに不具合があることについて、実際に操作して指摘すること(つまりバグを第三者が発見して報告すること)は「悪質な行為」であり、不具合を指摘されることは「担当者の士気下げる」行為だと断定していることになる(当然のことだが、両社の記者は誤作動を確認した後、ただちに予約をキャンセルしているので、ワクチン接種の機会を奪っているわけではない)。

 ITシステムに多少詳しい人であれば、今回の大規模システムの不具合や、岸氏の発言を聞いて「ああ。とうとうやってしまったな」と思ったに違いない。外部からの報告でバグを知り、それに対応してシステムを改善するというのは、良いシステムを構築するイロハ中のイロハであるにもかかわらず、大臣はそれを全否定し、しかも、担当者の士気が下がるとまで言い切ってしまったのだ。

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各社の報道により、政府の大規模ワクチン接種システムが、架空の番号でも予約できてしまうことが明らかになったが、これに対し政府は抗議の姿勢を示した
(Photo/Getty Images)

外部から指摘でバグを修正するのはむしろ合理的

 システムは人間が開発するものなので、単純ミスを含めて必ずプログラム上の誤りが一定確率で発生する。このためシステム稼働の前には、何度もテスト操作を行い、不具合が発生するたびに修正するという作業を繰り返す。

 筆者は若い頃、コンサルタントとして仕事をした経験があり、中央官庁や大企業のIT戦略立案にも従事している。大規模システムを開発する場合にはソフトウェア工学に基づき、潜在的なバグ数を予想するという作業が行われるが、今回のシステムのケースでは、細かい部分を含めれば稼働後も数百個程度のバグが存在している可能性がある(情報が十分ではないので、いくつかの項目については推定を行った)。

 本来は、稼働前の段階で予想されるバグ数に達するまでテストを繰り返して見つけ出す必要があるが、短期間で稼働させる場合や、システム稼働後も随時、機能変更を行う場合には、そのようなことをしている余裕はない。こうしたケースでは、見切りでシステムを稼働させてしまい、利用者から不具合を報告してもらった上で、随時、改修していくという作業が必須となる。


 これはシステム開発や運用において非常に重要な概念であり、欧米IT企業の中には、一般利用者に報酬を支払ってバグの報告を促すところもあり、利用者と一体になったバグ取りは、システムを成功させる有力な手段として確立している。

 行政のIT活用では成功事例として台湾のケースがよく取り上げられるが、台湾のコロナ対策アプリも完璧な状態でリリースされたわけではない。リリース後、外部の利用者が不具合を次々と指摘し、都度、改修を繰り返したことで完璧なシステムが出来上がっている。

 バグを発見するためには、大量の要員を配置してテストを繰り返すという人海戦術が必要であり、かなりのコストがかかる。利用者が報告し、その報告を元に改修するやり方にすれば、大量のコストと時間を削減できるので極めて合理的である。

【次ページ】何がダメか?「ちぐはぐ政府対応」「システムの基本設計」

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