0
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
いまや多くの人に認知されている、サントリーの健康サプリメント「セサミン」。しかしその開発から販売、大ヒットに至るまでの道のりは険しく、まったく売れない不遇の時代も長かったという。「セサミン」はいかにしてサントリーの「第3の柱」、健康事業の基幹ブランドとして成長できたのか。そこに隠された開発秘話と研究者の熱い思いについて、サントリーウエルネス サントリー健康科学研究所 所長 柴田 浩志氏に話を伺った。
バイオ技術で自然の恵みを科学する人生
(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──健康食品の開発に関わり始めたのは、いつごろからでしょうか?
柴田氏:1987年にサントリーに入社し、現在までウエルネス事業に深く関わっていますから、まさに本事業と一緒に成長してきました。入社当時は、屋台骨であるウイスキーが売れなくなり始め、ビールも黒字化できない状況で、すごく苦しい時代を迎えていました。でも、当時の佐治敬三社長が「キミたち、よく入社してくれたな。“出る杭は伸ばす”のがサントリーだ」と述べられ、すごい会社だ! と思っていたら基礎研究所ができた。そこで21世紀を見据えた第3の柱となる事業を作るために、健康食品の基礎研究が始まりました。
──そもそも、なぜサントリーの新しい柱が健康食品だったのでしょうか?
柴田氏:当時から21世紀は「心と健康」の時代になるだろうと考えていたのです。経済が成長すると、人は健康と心の安らぎを求めていくと思いました。ただし、健康食品事業を立ち上げるにも、我々は門外漢の未経験者でしたので、やはりサントリーの強みを活かしたかった。我々は微生物や発酵の力により美味しいお酒を作ってきました。そのため、まずはサイエンスの観点から、バイオテクノロジーで「自然の恵みを科学しよう」としたのです。
当初は、機能性素材を開発し、その素材ビジネスと並行する形で、健康食品事業にも取り組んでいました。そのとき出てきたのがウーロン茶ポリフェノールでした。すでに我々は、ウイスキーやビールの色、美味しさ、品質にポリフェノール(注1)が関連していることを理解していました。そこでポリフェノールが何か健康に良い作用をしているだろうと。そういう経緯で、まずポリフェノールや酵素にこだわった新規事業が立ち上がりました。
注1:ポリフェノールは、植物の苦味・渋味・色素の成分となる化合物。いまでこそ活性酸素の有害物質を無害化し、生活習慣病の予防に役立つ抗酸化作用が確認されているが、当時はまだ明確なエビデンスがなかった。
大手メーカーのガムにも採用されたウーロン茶ポリフェノール
──それが最終的にセサミンにつながるのですね。まず、最初に手掛けたウーロン茶ポリフェノールについて教えていただけますか?
柴田氏:基礎研究所が発足し、ポリフェノール・サイエンスに打ち込むことになりましたが、90年代当時はまだ「メタボ(メタボリック)」という言葉もありませんでした。とはいえ、クルマ社会になり、体を動かす機会が減り、食生活も豊かになったこともあって、肥満と虫歯が健康問題としてクローズアップされ始めました。そのような状況の中で、我々が健康素材としての研究成果を出したのがウーロン茶でした。
先に緑茶ポリフェノール(カテキン)に虫歯に対する予防効果があるという研究が発表されていたのですが、サントリーはウーロン茶を商品ラインアップに持っていたので、ウーロン茶を徹底的に調べてみたところ、ウーロン茶ポリフェノールも虫歯に良いことが分かりました。緑茶と違ってウーロン茶は半発酵茶で、その特有のポリフェノールにも機能があると思ったのです。構造から考えると、ウーロン茶のほうが絶対に効果が強いはず。それでその分野で有名な大学の先生に持っていって評価してもらったところ、「お前ら(別の)何かも入れただろう?」と言われました(笑)。
──それほど効果があったということですね。
柴田氏:はい。すごく効いたらしくて、先生も驚いてしまった。そこで、大手菓子メーカーのガムにウーロン茶ポリフェノールを入れてもらったのです。その売り上げのおかげで、我々の研究費を捻出でき、基礎研究所は自立自走の道を歩むことができました。
また当時、私自身は肥満対策の研究もしていました。肥満の原因は砂糖の取りすぎにあります。そこでノンカロリーの高甘味度物質を作ろうと思い、中国・広西省にまで行って「甜茶(てんちゃ)」による天然甘味料開発の共同研究を開始しました。砂糖の340倍もの甘さになる物質ができましたが、残念ながらコストが合わなかった。
しかし、また偶然が重なりました。ちょうど日本で花粉症が問題になり、甜茶特有のポリフェノールが、抗アレルギー効果で花粉症の症状を緩和できることが分かったのです。当初のもくろみは外れましたが、まったく違う花粉症に効くとのことで、しばらくは機能性原料として売れました。そういうことで、ウーロン茶や甜茶の機能性素材で得た利益を、セサミンの研究に注ぎ込むことができたのです。
実験は失敗?京都大学の先生の一言が運命を分けた
──いよいよセサミンの話です。そもそもセサミンは偶然の産物だったという話ですが、どういう経緯で発見されたのですか?
柴田氏:我々はコア技術として、先ほどのポリフェノールと、もう1つ微生物の発酵技術を持っていました。その発酵で何か機能性素材を生み出そうと考え、京都大学と発酵による油の生産について共同研究していました。その研究の中で、たくさん油(アラキドン酸)(注2)を作る微生物を発見したのです。
また偶然なのですが、その後にわかったこととして、そのアラキドン酸が実は脳の栄養素として非常に重要な物質だったのです。アラキドンにより、神経細胞のネットワークが強化され、脳の情報伝達物質に関わる部分に良い影響を与えます。それは2000年代になって初めて明らかになってきたことで、当時は一体それが何に役立つのかも不明でした。
注2:アラキドン酸は体内で合成されない必須脂肪酸の1つ。サントリーではアラキドン酸などを含有した機能性表示食品「オメガエイド」を発売。
──そのアラキドン酸とセサミンがつながるわけですね。
柴田氏:我々は、微生物発酵をやってきたので、まずは微生物による油の生産性を上げる基礎研究をしっかりと進めれば、将来何か役に立つこともあるだろうと考えました。そこで、あるときゴマ油を微生物に食べさせたところ、なぜか油をまったく作らなくなってしまった。研究としては失敗です。油を作らせようとして、まったく作れなくなってしまったわけですから。
しかし、そのとき京都大学の先生が「それこそ、何か新しいことがあるんじゃないのか?」とおっしゃって、その原因をサントリーの研究者に調べるように命じたのです。1987年になって、誰も注目していなかったゴマ油の中の「セサミン」という物質が、発酵制御に関与していることが分かりました。
それを学会で発表したら、今度は九州大学の先生が面白いので評価しようと。コレステロールを下げるなど、色々な働きを裏付けるデータが出てきた。「これは何かある!」 と。トップも「新事業の起爆剤になりそうだから、セサミンの研究を続けろ」と大号令がかかりました。
【次ページ】開けゴマ! 中国4000年の歴史を解明して「セサミン」を商品化
関連タグ