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  • 2020/04/01 掲載

なぜ“テルモ流”人工肺は業界標準になった? 開発者に聞く「仕方なく作った」の真意

連載:イノベーションの「リアル」

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心臓病や血管の病気などの手術をする際には、心臓を一時停止させなければならない。その際に患者の生命維持に必要になるのが、血液を体内から体外に循環させ、酸素などのガス交換を行う人工肺システムだ。いまやテルモの人工肺は、業界のデファクトスタンダード。その開発と研究を手掛けてきたのが元テルモの野川 淳彦氏だ。新しい事業、技術や製品開発の瞬間、誰のどのような努力が実ったのか、成功の要因は何だったのか。推進者に直接語っていただく本連載、第1回は同氏に“テルモ流”人工肺誕生の瞬間について聞いた。
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元テルモ フェロー/野川技研
医療機器開発コンサルタント
野川 淳彦氏
1982年、東京工業大学理学部卒業。同年、テルモへ入社し、人工肺および関連商品の開発に従事する。1998年、人工肺の米国生産事業の立ち上げのために米国へ赴任。2004年からは人工肺部門を離れ、研究開発センターにおいて新規グローバル商品の探索・開発に従事。2013年、心臓血管カンパニーCV事業 R&D部門 バイスプレジデント。2016年、テルモフェローに就任、現在に至る

これまでの常識を覆し、デファクトスタンダードを実現

(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──テルモの人工肺は、生産工学、生産技術、生産システムの高い業績に与えられる大河内記念賞を2016年に受賞しました。画期的な技術や構成を実現し、いまや業界標準となっていますね。野川さんはいつごろから人工肺の研究・開発を始められたのでしょうか?

野川氏:1982年に入社してから、一貫して人工肺の研究・開発に携わってきました。人工肺は1970年代から研究がスタートしており、私の入社と同時に、世界初となる多孔質ポリプロピレンのホローファイバー(中空糸)型人工肺「Capiox(キャピオックス)II」の販売を開始しました。

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テルモは、世界初となる多孔質ポリプロピレンのホローファイバー(中空糸)の人工肺「Capiox II」を1982年に販売。これは生体の肺と同じ原理で、膜を介してガス交換する人工肺だった

 中空糸膜はガス交換の機能を有する膜で、疎水性を有するポリプロピレン製の素材でできています。その中空糸膜には多数の小さな孔(あな)が空いており、血液は通過せず、ガスだけを通過させる性質があります。そのため中空糸膜の内側に血液を流し、外側に酸素ガスを通過させてガス交換が行える仕組みでした。

──1987年に発売された「Capiox-E」以降から、野川さんが着想した新しいアイデアが採用されていますね。

野川氏:ええ、それまでは人工肺の中空糸の内側に血液を通し、外側を通る酸素との間でガス交換をさせる「内部かん流」という仕組みでした。それを「外部かん流」に改めて、血液と酸素の通り道を逆転させました。

 というのも、中空糸の内側に血液を通すと、膜面積によって性能の上限が決まってしまうからです。そこで中空糸の内側に酸素を、外側に血液を通し、ファイバー周りを血液が混ざりながら流れる外部かん流にして、ガス交換の効率を高めるようにしたのです。

 当初は、血液の流れにムラ(偏流)ができてしまいましたが、試行錯誤を繰り返しながら構造を1つずつ改善し、期待通りの性能が出るようになりました。

──以降、いろいろなイノベーションを実現された。その中で代表的なものを教えてください。
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アクト・コンサルティング
取締役 経営コンサルタント
野間 彰氏

野川氏:「Capiox-SX」(以下、SX)で構成を変えました。この時作り出した構成が、現行のデファクトスタンダードになっています。この製品は1993年から市場に投入されたのですが、それ以前の人工肺には多くの種類があって、市場に乱立している状態でした。

 人工肺は「静脈血貯血槽(以下、リザーバ)」「血液ポンプ」「熱交換器」「人工肺」「動脈フィルタ」という複数のコンポーネントから構成されているのですが、その順番や配置を変えたのです。これは当時、ありそうでなかったアイデアでした。

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人工肺のコンポーネント。患者から脱血した血液を貯血槽(リザーバ)に貯め、それをポンプで送り、人工肺熱交換器に届け、そこで酸素を含ませる。それを動脈フィルタに通し、患者へ送血するという流れだ

スポーツカーのような高級車ではなく「カローラ」のような大衆車に

──SXの構成変更は、どのような背景で進められたのですか。

野川氏:当時のテルモの人工肺は、クルマに例えるとスポーツカーのような高級車でした。高い機能を持っているが使いにくい。それを「カローラ」のような大衆車、つまり使いやすさを高めようとしたのです。

 最初に私が着手したのは、リザーバの形や目盛りの改善です。人工肺を使う医師や臨床工学技士はリザーバの液面を注視していました。そこで目盛りを見やすくし、血液量が少なくなる場合に量の変化を見やすくするために、底へ行くほど先細りの形に変えました。最初は紙で作ってユーザーに見せ、議論しながら最適なものを作っていきました。

──使いやすさがキーなので、医師や技士のことを第一に考えたわけですね。他にどんな工夫をされたのですか?

野川氏:やはりリザーバに注力しました。血液が戻るときに泡が発生するため、フィルタを入れて泡を取り除きますが、そのときフィルタの液面が上がり(ホールドアップ)、リザーバの液面が下がる現象が起きます。そうなると体内に循環させる際の血液面も下がって危ないのです。そこで構成を変えることで、フィルタの圧力損失を抑えるようにして、ホールドアップを5分の1まで減らしました。 このような構成の変更で使いやすさを高め、SXのシェアをグッと高めることができました。

──成功のポイントは、ユーザーの声を聴くことですか。

野川氏:それもありますが、その前の準備がとても重要です。我々は、早い段階で、可能性があるあらゆる構成を考え、そこでの基本データを取っていました。そのため、構成改善の検討の中で、何が最適かすぐに明らかにすることができました。

 当時、海外の競争相手の構成がスタンダードでしたが、私たちの検討の過程で、その当時の構成に必然性がないことが分かりました。各社、何となく先にやった企業と同じことをやっていたのです。

 たとえば、リザーバを改良するために、リザーバの下部にあった熱交換器が邪魔になったので、血液ポンプの後、人工肺の前に配置しました。「普通ならブレーキは左でアクセルは右」というように考え方が固まってしまうのですが、発想を柔軟にすれば、多様なアプローチが浮かびます。後でお話するフィルタ一体化なども合わせて、過去に必要だった輸血を今は基本的には行わずに人工肺が使えるまで小型化が進んで、患者さんのQOL向上に貢献しています。

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1992年に発売の「Capiox-SX」。分離可能なリザーバを備え、安定したガス交換を実現。クルマに例えると、誰でも手軽に乗れる大衆車のような使い勝手。何度も改良を加えて完成にこぎつけた

【次ページ】実は「うまくいかなくて、仕方なく作ったもの」?
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