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「ブランド成功は継続的な人材育成。育成した人材が次の世代を育成し、その成功も受け継がれていく。成功体験は成功を生み出しません。失敗から学ばないと成功はありません」──数多のマーケターを育て上げた和田浩子氏の言葉に、参加者は引き込まれる。2017年10月に開催された「ad:tech tokyo2017」で、人材育成やリーダーに必要なスキルなどについて講演。初参加の若手や女性登壇者も増え、マーケティングの世界にも、新たな風が吹きはじめているようだ。
ストラテジーのないマーケティングは“頭のない人間”のようなもの
2017年10月17~18日に開催されたアジア最大級のマーケティングの国際カンファレンス「ad:tech tokyo2017」。開催2日目には、米P&G社のヴァイス・プレジデント、ダイソン日本支社の代表取締役社長、日本トイザらス代表取締役社長などを歴任した“伝説のマーケター”和田 浩子氏(Office Wada代表)がキーノートに登壇した。
先日行われたアドテック京都での基調講演「
ブランドはイノベーションとどう向き合うべきか 」がSNSを中心に高い反響を得た和田氏。会場には多くの来場者が詰めかけ、急きょエキシビジョンでの中継も行われた。
東京での講演テーマは「サステイナブルなブランドを育み、ブランドを育む人を育てるために」。ブランドマネジメントの中でも、より一層“組織や人”にフォーカスを当て、ブランドマネージャーの役割、リーダーに必要なスキルや人材育成の本質について語った。
「本題に入る前に1つお願いがあります。先ほど(今回のイベントの)プログラム紹介がありましたが、その中には『marketing without strategy(戦略なきマーケティング))』のシーンが入っていません。これは『頭のない人間』のようなもので、それ以上どこにもいかないんですね。これはぜひ次回やってください」(和田氏)
冒頭から痛快なダメ出しにも場内は「待ってました」のリアクションで応える。実際、デジタルマーケターやアドテクノロジーの界隈で「戦略の師」を持つ人はどれだけいるだろう。ただでさえ変化の激しい市場の中、成果を上げ続ける組織づくりや人材育成について学ぶ機会は少ない。
今回、アドテック東京の事務局から和田氏のもとへ「ブランドを維持し育て続ける、それができる人材をどう育むか」というテーマの講演オファーが届いたとき、和田氏の頭に思い浮かんだのは、とあるマザーグース(子供の言葉遊びの歌)の一節だという。
“This is the house that Jack built.
This is the malt
That lay in the house that Jack built.
This is the rat
That ate the malt
That lay in the house that Jack built. ……”
これは「ジャックの建てた家 (The house that Jack built)」という言葉遊びのマザーグースから一部引用したもの。「ジャックの建てた家にころがってたモルト」「これはジャックの建てた家にころがってたモルトを食べたネズミ」……といった具合に、どんどん要素が積み重なっていく展開だ。
「ハウスは『ブランド』、ジャックは『ブランドを育てる人』だとします。ジャックがいなければハウスが建たない、ジャックが企てた設計図に基づいてハウスができる。ハウスというのはできるだけ長く続くほうがよいという考え方。私これが好きなんです」(和田氏)
P&Gは今年で180周年を迎える。今から30年前、150周年のときにいちばん古いブランドを構築した企業として、米国で最も権威ある広告・マーケティング誌『Adverting Age』が全ページを使って組んだP&G特集号がスライドで紹介された。
「この表紙が、さきほど紹介したマザーグースをもじったものです。このように30年前から栄えていたP&Gですが、その間にはいろいろ変化が起きました。会社自体にも変化はありましたが、特にエンドユーザーを取り巻く環境には、どんどん変化が起きていますよね」(和田氏)
もちろんどんな会社にも市場の変化は襲ってくることだが、世界的なレベルで起きるエンドユーザーの変化に対し、どのような仕組みが持続した成功をもたらすことを可能にしているのか。
「ブランドマネジメント。これはP&Gが1920年代に発明した経営手法です。日本企業でも似たようなものも含めて取り入れているところはありますが、ブランドマネジメントは手法なので、人を育てないといけないんです。会社が直面している問題に対し"その時代に最適なマネジメントができる人材を育てる"のが重要なこと。まったく同じことをやるのではなく、時々の変化に対応しながら人材育成の根幹は脈々と受け継がれています。途切れなく継承することで、危機に直面しても素早くリカバーし、粛々と進んでいくことができるんです」(和田氏)
釈迦に説法だとは思うが、と前置きしながら「マーケティングとは何か」についてのおさらいと、ある質問が紹介された。
マーケティングとは、知らなかったことを知ってもらう、ブランドが覚えてもらいたいメッセージを理解し、好感をもって頭の中に格納されているという状態を作る。そして使いたい、試して買いたい、買って継続して使いたい、というようにエンドユーザーのビヘイビアを変えていくことだ(関連記事参照)。
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「京都で講演したときには『知る → 買う → 使うの順番ではないのでしょうか?』との質問がありました。私は『知る → 使う → 買う』の流れだと考えます。確かめて買う、つまり試供品などで体験をしてから購入するという順番です。試供品や試乗会、住宅展示場のオープンハウスなどがその“体験”を提供します。『使いたい』という体験を提供することで、ビヘイビアの変換を起こす。そこを自覚することです。お客さま目線で実際に起きていることを、自分自身の感覚で理解することが大切です。多くの日本企業は、この視点を見失っていると感じます」(和田氏)
「ブランドマネジメント」に必要なのはチームの一体感
では、「ブランドマネジメント」とは何だろうか。ブランドがすくすくと育つよう、各々が役割と責任を担う仕組みのことだと和田氏は説明する。すべての分野における戦略はブランドマネジャーが立案し、売上と利益の結果に責任を持つ。ファイナンス担当は売上や利益の相関関係/コストに責任を持つ。営業は売上金額に責任を持つ。これをブランドごとに管理するという体制だ。
「売上が立つこととエンドユーザーを満足させること。この2つの側面が非常に重要です。私の経験でいうと、営業は交渉をする、売るということの専門職だという意識が強い。では、エンドユーザーが満足な状態を誰がクリエイトできるのかといったら、このブランドマネジメントの仕組みの中であればブランドマーケターということになる」(和田氏)
この仕組みを作るためには、大きな組織改革が必要になる企業も多いだろう。和田氏は講演の前日に新橋で観劇したという、『スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド) ワンピース』の中から、印象に残った一節も交えてこう語った。
「改革というのは、形を作るだけのことではありません。登場人物のひとりは『改革とは人の心を変えることだ』というのです。私は自分の入社した会社が、上記のようなスライドの状態ではないところから、自分たちで作りあげていった経験があるので、(このセリフの)意味がわかるのです。同じ方向を向いていないと、それぞれがケンカをはじめてしまう」(和田氏)
マーケターは「ディマンドクリエーション」という考えを頭に入れてほしいと和田氏は力説する。ブラントをスタートしたときは、潜在顧客は競合他社のブランドを購入している。市場シェアを獲得するためには、そうした人々を気持ちよく自社ブランドに“来て”もらう必要がある。では、どのような価値を提供すれば“こちら側”に向いてくれるのか。そのとき、社内での“落とし込み”はどうすればよいのか。
「みんなの気持ちを同じ方向に向かわせるためには、ブランドが向かう先のポジショニングを説明すること。今そこにはいない存在になれるスペースを決める。みんな決定するのが怖いんです。ゴールを絞り込まないと戦略にならない。だから、次からは戦略のセッション、ぜひやってくださいね(場内笑)」(和田氏)
他社と同じような施策ではなく、まったく新しいチャレンジとなる戦略をまとめると、ブランドはそちらへ進み始める。エンドユーザーの理解を定期的に行い、個々の施策がうまくいけば、顧客満足度はおのずと上昇すると和田氏は語る。
【次ページ】ブランド成長の阻害要因は「属人的な成功」と「責任分散組織」
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