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産業面やビジネスでの活用が期待されるAI。特にディープラーニングについては、毎日のようにホットなキーワードとしてメディアに取り上げられているが、その一方で「AI技術の進展が人の雇用を奪うのでは?」といった懸念の声も上がっている。先ごろ開催された「新経済サミット2017」では、「AIの未来はどうなるのか?」をテーマに、東京大学大学院 松尾 豊氏、楽天 森 正弥氏、IBM ジェイ・ベリシモ氏が集い、熱い討論が行われた。モデレータは、マネーフォワードの辻 庸介氏が務めた。
ディープラーニングと眼の機能で「カンブリア爆発」が起きる
人工知能学会の倫理委員会で委員長を務める東京大学の松尾 豊氏は、「人工知能の歴史の中で、いまディープラーニングが急速に進化している」と、近年の人工知能の著しい進化について触れた。
「かつてコンピュータは画像認識が苦手でしたが、その精度が上がり、2015年にコンピュータが人間の能力を超えた。こういう時代は初めてです。また強化学習を組み合わせて、ロボットや機械のピッキングも上達しました」(松尾氏)
松尾氏は、「眼の誕生」というアンドリー・パーカーの書籍を引用し、このような状況を説明した。
46億年という地球の歴史の中で、5億4200万年前から5億3000万年前という短期間の間に、現存の種が出そろう「カンブリア爆発」が起きた。この発現について、著者のパーカーは、生物に眼ができ、視覚情報が入るようになった“光スイッチ”で説明している。それまでの生物は匂いを頼りに緩慢に動いていたが、眼を持つ三葉虫は遠くの外敵を察知し、素早く動けるようになった。やがて相手の生物も眼を持ち、生存戦略が多様化したのだ。
松尾氏は「同様のことが機械やロボットの世界でも起きる」と語る。
「ただし、現在は前カンブリア時代です。イメージセンサーは網膜の働きしかない。脳の裏にある視覚野で信号を受け、初めて本当の意味で眼が機能し、多様な作業ができます。この視覚野の働きがディープラーニングにあたります。眼を持った機械により、自動化できなかった農業、食品加工、建設、組立て加工などの産業が一気に発展する。“機械・ロボットのカンブリア爆発”が起き、大きな産業を興せるでしょう」(松尾氏)
楽天はすでにバックエンドでかなりAIを活用
続いて、楽天で人工知能開発の指揮をとる森 正弥氏が、自社のAI戦略について語った。楽天技術研究所には、コンピュータサイエンスの博士号をもつ研究者が100名ほどおり、世界5拠点で働いている。
森氏は「我々は、楽天のビジネスフィールドを使い、実ビジネスを行う人々と研究を行っています。ビジネスにAIをリアルタイムで反映させることがミッションです」と強調する。
そこで同研究所では、昨年からスタートさせたドローン配送の実証実験の開発を担当。安全な着陸のための画像認識技術などを研究して、ドローンに実装したそうだ。また楽天のC2C向けフリーマーケットアプリ「ラクマ」において、ディープラーニングを使った商品認識技術を開発し、販売を支援している。
すでに楽天は、バックエンドでかなりAIを活用している。たとえば価格と在庫の最適化システム“PIOP”を開発し、2億5000万もの商品アイテムの需要を予測。過去の売行きのみならず、天候状況や販促キャンペーンなどの条件を踏まえた最適価格を提案している。
「より高度なマーケティングプラットフォームも開発しました。顧客の趣向はもちろんですが、売買のタイミングも重要です。個人が求めるベストな価格に合ったディスカウント幅を最適化し、リアルタイムに在庫を見ながら、パーソナライズされたクーポンを発行する。これは世界初となるシステムです」(森氏)
さらにAIによって、隠れたニーズを掘り起こすことも可能だ。細分化されたニーズに応えるために、たとえばトレンド動向から、同一の動きを抽出して発見してくれる。
「隠れたニーズを探す事例として“父の日”と“ステテコ”の検索の動きが同じことを自動的に抽出したことがあります。2億5000万のアイテムからトレンドと商品の関連性を発見することは、人手では不可能。またユーザー行動を分析し、ユーザーが思い描くジャンルを推測して提案するシステムも開発しました。それに基づいて、ファッションのキャンペーンなどを行って成功を収めています」(森氏)
同研究所はスタンフォード大学やMIT、シンガポール国立大学と共同研究を行い、グローバルで成果の実装を行っているところだ。
IBM Watsonは“教師なし学習”
米IBMでWatson事業の責任者を務めるジェイ・ベリシモ氏は、「いま社会は重要な変革期を迎えています。データ量が爆発的に増加し、人間が追いつけないほど。しかし、ほとんどが非構造化データのダークデータです。コグニティブ・コンピューティングにより、ビジネスのインサイトを得て意思決定を行える仕組みを提供したい」と語る。
このコグニティブ・コンピューティングは、機械と人間のパートナーシップを示すものだ。人間の専門知識を拡張し、データをエンジンとしてキュレーションする。ベリシモ氏は「IBM Watsonはトレーニングをすることに真髄があり、4つの機能を有している」として、各機能について説明した。
まず1つ目の機能は、自然言語の理解だ。2つ目の機能は、データの関係性を確率的に推論すること。機械学習でスマートになり、さまざまな仮説に対して結論を導き出せる。3つ目の機能は、Watsonが専門家の代わりになることだ。すでに医療分野などで、専門知識に基づいてガンを発見している。4つ目の機能は、自然な人間とのやり取り、すなわちインタラクションを可能にすることだ。
「我々のAIは“Artificial intelligence”ではなく、“Augmented intelligence”の拡張知能です。人間の知識やノウハウを拡張していくもので、まさにこれが“教師なし学習”と言えるでしょう」(ベリシモ氏)
AI技術は日々進化を遂げているが、最終的に企業が求めているのは、画期的な技術ではない。事業活力につなげたり、顧客獲得に結び付けたり、マーケット拡大などのビジネスモデルをAIに求めているのだ。ベリシモ氏は、オーストラリアの企業の事例を挙げて説明した。
「企業にとってコグニティブは重要な要素です。たとえば次世代エンジニアを育成するために、IBM Watsonで従来のナレッジを保持し、瞬時に活用できるようにした。エンジニアが質問すると、30年分の何億もの事例を振り返り、最もよい回答を導き出してくれる。IBM Watsonは、国内では日本郵便の簡易保険にも導入されている」(ベリシモ氏)
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