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近年、多くの業界において重要視されているのが、「顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)の向上」だ。あらゆるタッチポイントで顧客のニーズを把握し、一貫性のあるメッセージやパーソナライズされたコンテンツを提供することで、それぞれの顧客に最高の「体験」を提供する。ロイヤリティの高い顧客と継続的な関係を構築できれば、他社との明確な差別化になる。その顧客体験の向上をもっとも重要視しているのが、旅行業界だ。世界最大のホテルチェーンや大手航空会社の取り組み、そして日本企業の課題とその対策について紹介する。
モバイルの普及が与えたインパクトとは
「
カスタマー・エクスペリエンス 」とは、企業が提供する商品・サービスの選定から購入、利用、アフターフォローまでの過程において、顧客が体験する感覚とその価値を指す。平たく言うと、「製品やサービスを利用するプロセスで感じること」だ。どんなによい製品でもアフターフォローがひどかったり、サービスがいい加減であったりすれば、カスタマー・エクスペリエンスは低下する。
その顧客体験の向上を今、もっとも重要視しているのが、旅行業界だろう。ホテル、航空会社、観光施設などは「いつ、どこで、顧客は何を考えているか」はもちろん、「どんなメッセージが顧客の感情に響くのか」といったマーケティング施策に余念がない。2017年3月に米ネバダ州ラスベガスで開催された米アドビ システムズ(以下、アドビ)のデジタル マーケティング カンファレンス「Adobe Summit 2017」でも、ホテルや航空会社、クルーズ運航会社など、旅行業界のデジタル・マーケティング事例が数多く紹介された。
彼らに共通するのは、「顧客体験の向上」がビジネスの成長に直結するという考え方だ。米国アドビで旅行およびホスピタリティ分野の戦略責任者を務めるジュリー・ホフマン氏は、「モバイルデバイスの急速な普及で、旅行商品に対するユーザーの購買行動は大きく変化した。特にデジタルネイティブなミレニアル世代の購買行動は、年齢の高い世代の行動とは根本的に異なる」と指摘する。
ホフマン氏によると、インターネット経由で旅行予約をするユーザーは、平均38の旅行関連Webサイトを訪問し、何か1つの予約を確定させるまで、12の口コミを参照するという。また、米国の調査会社であるフォレスターが2016年1月に公開した「Trends 2016: The Future Of Customer Service(2016年における顧客サービスの特徴)」では、20歳以上のインターネットユーザーの53%が、「知りたい情報が即座に見つからない場合に、そのサイトを離脱する」と回答している。
つまりユーザーは旅行の計画する際にサイトや口コミを参考にするが、サイト自体に魅力がなければすぐにサイトを離脱する傾向にある。特にホテルや航空業界においては、価格比較サイトの乱立で競争は一段と激化しているのだ。
「顧客中心戦略」で予約の確定率を2倍に
こうした状況下、旅行業界が注力しているのが、「ロイヤリティの高い顧客を囲い込み、継続的に利用してもらう」施策である。そのためには、早い段階から潜在的顧客を探り出し、顧客ひとりひとりの旅行に対するコンテキスト(行動の文脈/動機付け)を理解することで、最適化された情報(コンテンツ)を提供する。
その取り組みを全社規模で実施しているのが、世界最大のホテルチェーンであるマリオット・インターナショナルである。同社は「Guest Centric Strategy(顧客中心戦略)」を掲げ、コンテキストから分析したデータを基に一気通貫の「体験」を提供することで、モバイルユーザーの獲得に成功した。
マリオットは2016年、「ウェスティン(Westin)」「W」「シェラトン(Sheraton)」といったホテルを擁するスターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドを総額122億ドル(約1兆2100億円)で買収し、30超のブランドと約5500のホテル数を傘下に収めた。両社の会員数は、延べ7500万人にも上る。
Adobe Summit 2017のユーザーセッションに登壇したマリオットのデジタル・マーケティング責任者兼バイスプレジデントであるアンディ・カッフマン氏は、「顧客中心戦略について、『ホテル側が出したい情報』から『顧客が知りたい情報』を提供する方向へと転換した」と語る。
同戦略で重要になるのが、モバイルアプリだ。マリオットは2017年2月、モバイルアプリを大幅にリニューアルした。同アプリは予約やポイント付与などのサービスだけでなく、ホテル到着前からレストラン/ルームサービスといった部門の担当者と直接チャットできる機能や、アプリを使ったキーレスエントリー機能なども備えているのが特徴だ。
カッフマン氏は「顧客の欲しい情報や我々に対するコンタクトは、すべてモバイルで完結できる」と断言する。
カッフマン氏によると、「モバイルアプリユーザーは、ロイヤリティが高い」という。それは数字的にも明らかだ。同社のモバイルユーザーは、パソコンユーザーと比較し、エンゲージメントが3倍、予約の確定率2倍となっている。2016年におけるモバイルからの売上げは17億ドルに達し、前年比で70%の成長率を達成した。
実際、旅行業界とモバイルアプリは“相性”がよい。グーグルが2016年に公開した調査によると、モバイルユーザーの74%が1つ以上の旅行アプリをダウンロードしており、アプリ経由で旅行のプランニングをする傾向にあるという。カッフマン氏は「(モバイルアプリを提供する企業にとっては)モバイルアプリから得られるデータは、顧客のインサイトを理解するうえで非常に役立つ。アプリ内の検索履歴を分析すれば、『次に何がしたいのか』『どのようなサービスを求めているのか』が把握できる」と語る。
価格競争すれば業界が疲弊する――デルタ航空
旅行業界の「モバイルファースト」の傾向は、今後も加速する。同じくAdobe Summit 2017のユーザーセッションに登壇したデルタ航空で情報技術マネージングディレクターを務めるデビッド・スミス氏も、「旅行の計画から移動に関する情報をはじめ、空港内でのサービスを、モバイルアプリを通じて提供していくよう施策を講じている」と語る。
これまでの航空会社は、時間通りに目的地まで運航することに注力してきた。もちろん、これは大前提だが、これだけでは他社との差別化ができないというのが、デルタ航空の抱える課題だった。
「LCC(格安航空会社)の台頭などで、価格競争はこれまで以上にシビアになっている。数と価格で勝負すれば、業界自体が疲弊する。我々はこれまでの(目的地まで運ぶという)サービスに、『プラスα』の付加価値を提供することで、ロイヤリティの高い顧客獲得に注力する。デルタ航空は空のタクシーにもUberになるつもりはない」(スミス氏)
今、同社が注力しているのは、フライト前後の情報提供サービス拡充と、法人向けサービスの強化だ。「たとえば、中国から米国の地方都市へのフライトを予約した顧客に対しては、空港に到着した時点で町の周辺情報や、空港から目的地までのアクセス案内を提供する。レンタカー会社と提携したサービスも展開できれば、利便性の面で貢献できるはずだ。空港内で位置情報サービスを利用することで、適切な場所で情報が提供できる」と説明する。
【次ページ】「モノやサービスの販売がゴール」の時代はとっくに終了
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