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高齢化、人口減など、日本の消費市場は徐々に減衰が見込まれている。オンラインショッピングの割合も増え、EC専業企業も台頭する中、既存の小売店には厳しい時代が続く見通しだ。こうした中、同様の状況に直面する先進国の小売店の一部には、データ活用で新たな顧客層を開拓したり、各種サービスを拡充することで成長を遂げる企業もある。これと比べて「日本企業はセグメンテーションが下手」と指摘するのは、小売業やマーケティングに詳しい中央大学ビジネススクールの中村博教授だ。貧富の差が激しく、生活環境も大きく異なる消費者を持つ国の企業と比べて、日本企業はデータ活用が不十分だという。中村教授に日本の小売業が生き残るヒントを聞いた。
顧客接点を増やし、消費者の購買履歴データをどう活用していくか
──現在の小売/流通業界を取り巻く市場環境をどのようにご覧になっていますか。
何といっても一番大きな変化として挙げられるのが、人口の減少と人口構造の変化です。国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、2010年代には、全人口の3.5%に相当する444万人が減り、15~64歳の生産年齢人口も10%がいなくなると予想されています。加えて、65歳以上の高齢者は20%以上増加して全体の30%を占めるようになる。
つまりこの先、我が国の消費の需要はどんどん落ちていく、ということです。
──円高などに苦しむ製造業と比較すると、小売/流通業はアジアなどへの海外進出を積極化し、国内マーケットが縮小する中でも意外に健闘しているという印象があります。
私は現在の小売業界が元気だという印象はあまり持っていません。スーパーマーケットは対前年比で少し下がっていますし、百貨店は少しよくなったようですが、一時的なものではないでしょうか。長期的には今後も厳しい戦いを強いられると見ています。
これに対して、通信販売に代表されるネットショッピングはコンビニや百貨店とも拮抗するようになり、ぐっと伸びてきています。今後もネットでの購買は増えていくでしょう。顧客との接点を増やすためにもネットは避けて通れず、そこでどうやって売っていくかを考えるにはCRM(顧客関係管理)も必要になります。
また体力のある大手小売業は、ネットとリアルという単純な切り分けだけでなく、リアル店舗をさらに細分化して、コンビニやホームセンター、スーパーマーケットなど複数の業態を展開して顧客接点を増やしていくという取り組みも考えられるでしょう。国内需要が減っていくので、国外に市場を求めることも重要です。
そして、今注目のO2O(オンライン・ツー・オフライン)にも繋がる話ですが、リアルの世界でも消費者の購買履歴データを採ることができるようになってきているので、そうしたデータを活用した売上アップのための施策を真剣に考えなければなりません。そこではITの活用が必要不可欠です。当然ネットショッピングとも密接に関連してきます。
2万5000点の商品に属性を付け、正確な顧客プロフィールを導き出す
──リアルな小売/流通業のIT活用という観点では、やはりネットショップへの対応が第一ステップになるのでしょうか。
忙しいビジネスパーソンや子育てしている女性など買い物に行く時間がない人は、通勤時間や家事の合間にスマートフォンを利用して、ネットショップで買い物をしています。現代に即した顧客接点を増やすという意味では、必須の取り組みだと言えるでしょう。
ただ今の日本のネットスーパーを見ていると、そのほとんどがリアル店舗の補完という位置付けです。消費者宅の最寄り店舗の従業員が店内を回って注文品をピックアップし、配達までを行うストアピッキングが多い。こうした人件費をリアル店舗側の経費に含めてしまえば黒字が出るお店もあるのかもしれませんが、本当の意味で利益を生んでいるとは言えない。こういう状況下では、本腰を入れたIT投資もままなりません。
──たとえば海外にはうまくいっているネットスーパーの事例はあるのでしょうか。
英国内で7兆円(グローバルでは約10兆円)の売上規模を持つ同国最大のリアル小売業であるテスコでは、最近ネットスーパーに力を入れており、ネットだけで約3,000億円の売上規模になっています。
日本のようなストアピッキングではなく、業界ではダークストアと呼ばれる配送センターを構築することで、物流を集約しました。規模が大きいのでコストメリットを出すことができるのです。いわばネット専業の小売であるアマゾンのようなやり方ですね。
こうしたネットスーパーにおけるバックヤードの仕組み作りもさることながら、テスコが非常に先進的なのは、1500万人いるカード会員のデータを活用したマーケティング分野への取り組みです。言い方を換えれば、個々の顧客にもっともフィットする商品は何かを知るためのデータ分析ですね。これを継続的に行っています。
たとえば「子供向け」「簡便」「パックされている」「カロリーを抑えた」など、それぞれの商品の特徴を表わす属性をまず約2万5000品目の商品の1つ1つに振っていきます。そしてカード会員が買い物をすると、何を買ったかに加えて、買った商品の属性までが見えるようになっている。つまりこの顧客が買う商品では、「簡便」と「カロリーを抑えた」という属性が非常に際立っているということが分かり、そこからその顧客がどんなタイプの消費者かをセグメンテーションしていくのです。
──実際に買ったものから消費者を分類していくので、非常に精度が高そうですね。
おっしゃる通りです。アンケートなどでは健康志向だといいながら、実際に買うものは安い品物ばかり、というように、消費者は言葉と行動が乖離することがよくあります。
購買履歴に基づいてセグメント化した顧客には、年に4回、クーポンを発行します。1回につき約6枚から12枚で、うち半分ぐらいがいつも買ってくれている商品のもの、残りは購買データに多頻度で現出する属性を持つ商品、つまりこれから新たに買ってくれそうな商品に関するクーポンです。これでクーポンの利用率は非常に上がっているようです。
また年に2回ほど新商品が入ってくるので、属性の振り分けもその都度行います。さらにカード会員の顧客プロファイルも年に1回は見直しをかけています。それというのも、たとえば今まで単身者だった人が結婚したとか、あるいは子供ができたとなれば、それをきっかけにライフスタイルも大きく変わる可能性があります。当然買う商品も、今までは「簡便」で「パックされている」ものが中心だったのが、「子供向け」で「カロリーを抑えた」ものになるかもしれない。商品属性も顧客プロファイルも陳腐化しないよう、継続的にメンテナンスをかけているのです。
【次ページ】なぜ日本の小売業はビッグデータを生かせないのか
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