『サラリーマン漫画の戦後史』著者 真実一郎氏インタビュー
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定年を迎える団塊世代の漫画家たちとサラリーマン漫画の行く末
――この本では、柳沢きみおという漫画家が重要な作家として取り上げられています。彼には、ドラマ化もされた『特命係長 只野仁』をはじめとして、いつの時代にもヒット作を生み出しているんですけど、あまり顧みられる機会のない作家でもありますよね。
真実氏■柳沢先生には、『自分史[ギャグ~ラブコメ編]』『自分史[ストーリー編]』という、実際の作品も抜粋しながら、自分がどのような思いで漫画を書いてきたのかを記した自伝的な本があるんです。後者は発行部数も少なく、手に入りにくいのですが、柳沢みきお研究者にとってはマストアイテムです。柳沢先生はキャリアの初期に少年漫画誌で連載した『翔んだカップル』でホームランを打つんです。この作品で、彼は少女漫画の手法を少年漫画で応用した「ラブコメ」という新ジャンルを打ち立てたんですが、それを誰もが真似し始めたものだから、自分はラブコメを描くのをやめて少年誌の世界から離れるんです。その後、青年誌に移って大人のラブストーリーとして『瑠璃色ゼネレーション』を描く。これがそこそこ成功すると、そのあと80年代半ば頃から、大人の男、とくにサラリーマンを題材にした作品を描くようになって、今にいたっているんです。
――あまりご本人の人物像についても知られていないように思います。
真実氏■今、柳沢先生は『週刊新潮』でエッセイを連載しているんですけど、それを読むと、どんどん人付き合いから遠ざかろうとしているのがわかります。編集者と飲みに行ったりすることもないらしい。あまり積極的に取材をするタイプでもない。『妻をめとらば』の連載の頃も、取材をして描いたというより、何人か証券マンに話を聞いたり又聞きでネタを仕入れて描いたらしいんですね。だけど、『妻をめとらば』には、過酷なサラリーマンの悲哀に対するリアリティはきちんとあるんです。
――弘兼憲史は、実際に松下電器でのサラリーマン経験があって島耕作を描いていますが、まるで正反対といった感じですね。
真実氏■柳沢きみおは1948年生まれなので、1947年生まれの弘兼憲史とは1つ違いなんです。2人とも団塊世代です。弘兼先生は、サラリーマン経験もあるし、社交的で取材も積極的にしますよね。柳沢先生は、パソコン等のIT機器は好きではないとエッセイに書いていますが、おそらく弘兼先生は、iPodとかにすごく興味があるだろうし、『社長 島耕作』にだって出してくると思うんですよね。まさに両極端です。
ちなみに、『サラリーマン金太郎』の本宮ひろ志、『かりあげクン』『おとぼけ課長』の植田まさしも弘兼憲史と同い年の団塊世代です。それぞれ、みな息が長い売れっ子漫画家で、しかもサラリーマンを描き続けている。僕はこの4人の先生を「サラリーマン漫画四天王」と呼んでいます。団塊世代っていうのが昭和サラリーマンを象徴する世代なんですよ。
――この世代の作家たちは、同世代のサラリーマンたちが企業社会の一線から引いていく中で、今後何を描くのかというのは興味深いですね。
真実氏■最近の島耕作は、延々12ページに渡って寿司屋で島耕作に社会情勢を論じさせたり、ずっとゴルフをさせながらそのプレイ中にイデオロギーを語らせたりというエッセイ漫画になることがあるんですよ。実は、この登場人物を借りて自分の身辺雑記や社会時評を代弁させる手法って、すでに20年前に柳沢きみおが『大市民』という作品で始めていることでもあるんですよね。実際に彼が『週刊新潮』で連載しているエッセイって、『大市民』の中身とかぶっていることも多いんですよ。ビールに氷を入れて飲む話とか(笑)。島耕作も、そのうち『会長 島耕作』『相談役 島耕作』と第一線から退くでしょうから、そうしたら島耕作は現場から離れることで余裕がでてきて、いよいよ社会や時代を論じるエッセイ化が進むんでしょうね。
でも、今『イブニング』に連載されている、島耕作の若手時代を描いた『係長 島耕作』が課長である島耕作とは別の人生を歩み始めたら、またあと30年は連載を続けられますよ。読んでみたいなあ、パラレルワールドの島耕作。
(取材・構成:
速水健朗)
●真実一郎(しんじつ・いちろう)
サラリーマン、ブロガー。複数の媒体で世相や漫画、アイドルを分析するコラムを連載。 著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(新書y)がある。
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