0
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
混乱期のなかで生まれるもの
――今後新しいコンテンツなどは増えていくのでしょうか?
浅井氏■もちろん増えていきます! 最近、編集部員が新たに加わってくれて、やっと身動きが取れるようになってきました。それまでは毎週更新していくだけで必死で、早くやりたいと願いつつも詰められずにいた企画がたくさんあったのですが、これからはそれらをどんどん実現させていきますよ!
長編連載以外にも、毎週完結する〈超短編〉シリーズというものにも取り組みたいと、現在準備を進めています。それから「ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈日本版〉」
(注4)みたいに、読者参加型のもの。この投稿プロジェクトは本当におもしろくて、出社したらまず前夜からその日にかけて届いた投稿作を読むのが私の日課なんですが、どれだけ読んでも飽きません。「体験」のなかにこそ語られるべきものがあるとひしひし感じています。こういった読者に参加してもらえる企画をもっとできるといいなと思っています。これまで「窓」がなかった人に「窓」を……それは「普通に暮らす普通の人」だったり逆に特殊な状況にあって発信する機会がなかった人や、それから子どもとか。そういう人にどんどん発信してもらえる場所にしていきたいですね。マンガや写真作品も掲載していきますよ!
――マンガコンテンツなどが入ればすごく賑やかになると思います。それは「文芸」という定義を広げていくことでもあるので楽しみです。
浅井氏■マンガにしても、ことさら「新しいやり方を」なんて考えたわけじゃないんですが、いろいろ考えているうち「あ、こういう見せ方があるな」とか、モニターで読むなら、マンガ誌で使っている方法論とは別の作戦で、絵の配置や流れ方をいちから考えたほうがいいなとか、やりたいことが自ずと出てきます。幸か不幸か捉われるほどの過去の経験もないですし(笑)、思いついたことは全部試していきたいですね。音声だって動画だって、Webではいろんな方法が使える。夢が広がります。
――いま、出版状況が激変するなかでみんな暗中模索していますが、そんななかで『マトグロッソ』を創刊された浅井さんはそれをどう見ていますか?
浅井氏■読者ありきで考える、すべてはそこからしか始まらないということは肝に銘じておくべきと自戒しています。個人的には、紙か電子かとか議論していても仕方がないし、さっさとなんでもやってみたらいいのでは……という気持ちが強いですが、それは、編集者の仕事は読者が欲するものに応えるということに尽きるので、当然そうするしかないだろうと。実際のところ、編集者にとっていまは最高の状況だと思います。誰も正解なんてわからないし、お手本にする成功例だって全然ない。というか何かを手本にする必要がそもそもないことを実感できる。これまで書籍や雑誌の編集をしているときには、困ったときには先輩編集者なり編集長なりに相談をして助けてもらってきましたが、今回は自分より、少なくとも『マトグロッソ』について考えている人はいないので、ただひたすらいいと思う方法を考えるしかないと思って取り組みました。
もちろん助けてくれた人はたくさんいて、特に『マトグロッソ』がいまのような形に落ち着く前、有料にするという選択肢もあるんじゃないか、あるいはアプリにして販売するというのは? などといろいろ迷っていた時期には、他社の電子書籍担当の方々にいろんな話を聞かせていただきました。1年ぐらい前のことなので、電子書籍、電子媒体というものがいまより注目されていなかったし、みなさん、会社のなかでも孤軍奮闘といった感じで四苦八苦されていました。そういう状況だったせいか、“よくきたな”という感じで(笑)、実に親切にいろんなことを教えてくれました。そういう人たちは一生懸命読者の声に耳を澄まそうとしていたし、なんとか形にしていきたいという前向きな気持ちも持っていて、すごく励まされました。
私の場合も、最終的には、お金にしても時間にしても、大事だと思うことに優先して使うというこれ以上ないほどシンプルなルールで判断を積み重ねていけばよかったので、そういう意味で変なストレスはまったくなかったです。もちろん、まだない場所について人に説明し、興味を持ってもらって、巻き込んでいくというのはとても大変だったけれど、初めてちゃんと自分の「仕事」をしてるという実感があったのは確かです。これからきっと、まだ想像もついてない形で、いろんな作品が生まれていくだろうと思います。私も早くそれが見たいなあとめちゃくちゃ楽しみにしています。
(取材・構成:
新見直)
注4:「ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈日本版〉」
ポール・オースターが、米国のラジオで呼びかけ4000通以上の投稿を集めたという企画の日本版。本家『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』は新潮社より柴田元幸らの訳で書籍としても刊行されている。『マトグロッソ』では、選者に内田樹と高橋源一郎を迎えて、「嘘みたいな本当の話」を募り、毎回選ばれたものが数通紹介されている。
●浅井愛(あさい・あい)
『マトグロッソ』編集長。太田出版、ポプラコミュニケーションズにてそれぞれ書籍、雑誌の編集を経験。その後、子供向けノンフィクションのシリーズ「よりみちパン!セ」(理論社)編集部を経て、現職。
評価する
いいね!でぜひ著者を応援してください
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。