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昨年、米オバマ大統領が多額の投資を行うと発表して話題になったスマートグリッドだが、ここにきて都市を丸ごとスマート化する「スマートシティ」構想が注目され、日本を含めた一部の国で実証実験もスタートしている。この「スマートシティ」とは何なのだろうか。早くからこの分野を注目している米IDC Energy Insightsのバイスプレジデント、リック・ニコルソン氏は、グローバルで2,000億ドル規模、日本だけでも7,000億円から1兆円規模のビジネスになると指摘する。今回、ニコルソン氏に単独インタビューを行い、スマートシティの概要と必要となる3つのITの構成技術、日本企業がこの分野で発揮できる強み、CIOがウォッチしておくべき課題などについて語っていただいた(2017年11月15日一部更新)。
21世紀は「都市(シティ)」の時代
みなさんは、すでにスマートグリッドという言葉はご存知かと思います(参考リンク:
スマートグリッドとは何か )。電力の安定供給や効率的な発電、需要予測を含んだインテリジェントな売電、そして各家庭に配備される双方向通信可能な電力計(スマートメータ―)。これらは、スマートグリッドを代表するキーワードですが、日本の企業が最初にスマートグリッドの話を聞いたとき、スマートメータ―以外は、すでに日本の電力会社が独自に実現している機能ばかりで、日本での意味やビジネスが見えにくいというのが率直な感想だったのではないでしょうか。日本は、欧米ほど頻繁に電圧が下がったり停電したりしないでしょう。
しかし、「スマートシティ」といった場合、それがカバーする範囲は電力だけでなく生活基盤そのものということになります。元デンバー市長、ウェリントン・ウェッブ氏の言葉を借りれば、19世紀は帝国、20世紀は国家、21世紀は都市(シティ)の時代ということになります。都市を構成するのは市民です。市民は生活をしながらさまざまな経済活動(ビジネス)を展開しています。その生活やビジネスを支えるのが、電気(エネルギー)、水、通信、交通、建物、行政サービスなどのインフラです。
スマートシティとは、これらの生活インフラ全体を垂直統合して、より効率的な都市のあり方を実現するというものです。これによって、都市の持続的成長を促し、市場や雇用を創出します。また、エネルギー政策や環境問題などに対応するとともに、こうしたことを主導する各国の施策と協調すれば、プロジェクトの支援や補助金なども期待できます。
スマートシティに必須の3つのIT
スマートシティにITは欠かせません。中でも、私が重要だと考えるITの要素は大きく分けて3つあります。
第1の技術は「インテリジェントデバイス」です。スマートフォンやスマートメータ―などが代表ですが、これらに限らず、車載型の情報端末やデジタルサイネージなども含む双方向のセンサーやテレメトリー機能を持つデバイスのことです(参考リンク:
テレマティクスとは何か )。個々のデバイスや通信方式は斬新なものではありませんが、スマートシティにおいては、自治体や事業者とエンドポイントである市民や家庭をつなぐインターフェイスの役目を果たします。端末数としても、引き続き増加を続けていきます(
図1 )。
第2の技術は、「ブロードバンド回線ネットワーク」です。このネットワークに求められるのは、リアルタイム性です。これは非常に重要な要素で、スタティックな情報を管理するデータベースにアクセスするようなトランザクション型の通信では、社会インフラをつなぐバックボーンとして、あるいはエンドポイントをつなぐラストワンマイルのアクセスネットワークとして不十分です。コスト面では、インターネットの利用も有力ですが、セキュリティやリアルタイム性を考えると、新しいネットワークの仕組みも必要になるかもしれません。
そして、第3の技術は、リアルタイムの「データを処理、解析する技術」と、大量のデータを関係づける「ソーシャルメディア」でしょう。解析技術は、それぞれの業界が培ってきたノウハウや手法がベースとなりますが、各エンドポイントが市民と密着するスマートシティでは、ソーシャルネットワークを利用したデータの収集やモニタリングも欠かせない要素になるはずです。
スマートシティでは、漠然とIT化するということではなく、こうした3つの技術や戦略を明確に使い分けることになります。
スマートシティの市場規模とは?その可能性
では、こうした技術を使って、どのようなビジネスを行うことになるでしょうか。まず、スマートグリッドは送電制御、配電制御のためのネットワーク構築、アルゴリズム開発、スマートメータ―やセンサーのためのメッシュネット、無線接続(スマートグリッドのラストワンマイル)などのソリューションが求められています。
電力会社は家庭のソーラー発電による電力を全体の供給プランに組み入れ、発電コストの最適化制御が可能になります。スマートメータ―で、エンドユーザーと電力会社がダイレクトにつながることで、基本としてメーターの検針がリモートで可能になるなどのコストダウンが期待できます。さらに、料金ポータル、CRMの効率化、スマートメータ―のネットワークを、新たなサービスプラットフォームとして提供するビジネスも考えられます。
電気自動車は、充電やバッテリーに関する新しいビジネスを生み出しています。駐車場と充電ポイントを組み合わせた施設、高価なバッテリーのリースビジネスを計画している企業もあります。さらに、TaaS(Transportation as a Service)として、予約なしの時間利用レンタカー、コミュニティカー、さまざまなカーシェアリングビジネスも生まれています。GPSを駆使すれば、利用者が好きなところに車を乗り捨てても、次の利用者へのスケジューリングも管理できます。
交通システムでは、GPSと個人のスケジュールを連動させれば、友人との移動や待ち合わせの最適化が可能です。友人が次の電車に乗っていることがわかれば、目の前の電車をやりすごして次の電車を待つといったことも可能です 。
以上は、机上のプランやアイデアではなく、各国で進められているスマートシティのプロジェクトから抽出したものです。こうしたプロジェクトの傾向として、ヨーロッパでは比較的、政府主導のものや法的な整備や支援とセットとなったものが多いようです。これに対して米国では、ビジネスモデル優先で民間企業が積極的に取り組んで、それに政府が金銭的な補助を行うというスタイルが多いようです。しかし、どちらの場合も、スマートシティの主導権は市民やユーザーにあるべきだと考えます。
健康・医療では、介護用のモニターネットワーク、個人向けの健康管理器具やサービス、小売業では、キオスク端末やデジタルサイネージ、金融関係では、モバイルATM、パーソナルATMといった新しいサービスも考えられています。我々の試算では、スマートシティによって、全世界で2,000億ドル規模、日本だけでも7,000億~1兆円規模の市場が創出されるとみています(
図2 )。
スマートシティに最適な都市
ここで、ひとつ指摘しておきたいのは、世界のスマートシティプロジェクトで先進国で成功しているのは、比較的、小・中規模な都市であり、大都市ではないということです。大都市では既存のインフラやシステムが確立されており、変革には時間が必要なのです。おそらく同じ理由で、インフラがまだ未成熟な途上国もスマートシティの施策が成功しやすいと言えます。
この傾向は日本にも当てはまるのではないでしょうか。私が注目している日本のスマートグリッド、スマートシティのプロジェクトが4つあります。それは、4月に経産省から次世代エネルギー・社会システム実証地域に選定された、横浜市、豊田市、京都府けいはんな学研都市 、北九州市です。また、三菱電機がスマートグリッドに関して70億円規模の投資を行うと発表していました。この実証実験も尼崎、和歌山、大船といった都市や範囲を限定したエリアで行いますが、いずれも大都市というよりは小・中規模な都市を中心に展開しようとしています。
では、都市がスマート化されるためにはどれくらいの期間が必要でしょうか。試算方法や基準をどこに置くかによりますが、これまで述べてきたような新しいビジネスがスタンドアローンで成立するためには5年から10年かかると思っています。しかし、これに政府の公的援助や投資が加われば、3年から5年でビジネスモデルができあがるかもしれません。
スマートシティのキーベンダー
スマートシティのビジネスにおいてグローバルなキーベンダーというと、IBM、シスコ、オラクル、HP、アクセンチュアなどの名前が挙がります。一方で、日本企業の存在感はまだ足りないと思っています。欧米企業がこの分野でリードしているのは、単にタイミングの問題だと思っています。IBMはかなり早くからスマートグリッドやスマートシティに投資を行い、スマートプラネットというマーケティングキャンペーンも大々的に展開しています。
彼らには先行の利はありますが、日本企業にも強みがあります。とくに大企業のビジネスポートフォリオが幅広い点は大きな優位点です。さまざまな分野のニーズを満たさなければならないスマートシティプロジェクトをカバーする能力を持っているといえます。個別のIT技術だけでなく、交通、通信、重電、建築、医療などワンストップでソリューションを展開できることは強みになることでしょう。
しかし課題もあります。さまざまな事業分野を持っていても、縦割りの組織では従来型の個別最適のシステムを乱立させるだけになってしまい、スマートシティでのビジネスはうまくいきません。業界や業種の垣根を越える連携、協調効果をいかに出せるかが重要です。また、すべてのニーズをひとつの企業やグループでまかなう必要はありません。スマートシティビジネスでは、企業どうしのパートナーシップが成功の秘訣でもあります。
電気自動車やソーシャルメディアといった新しい技術やサービスを駆使する必要があるスマートシティビジネスは、大手ベンダーの技術やソリューションだけでなく、独自技術を持った無数のスモールベンチャーや中小規模の企業とのアライアンスが不可欠です。IBMなど日本の大手企業より事業ポートフォリオが広範でなくてもスマートシティビジネスで優位を保っているのは、不得意分野での業務提携といったパートナーシップを積極的に行っているからです。
もちろん日本でもこうした動きがあります。SAPのエンジニアが起業した日本のベンチャー企業「ベタープレイス」という会社は、ルノーグループと中東でバッテリー交換方式の電気自動車のインフラ整備とビジネスを展開しています。また、日本でもタクシーを使った同様なインフラビジネスの実証実験を開始しました。 今後、大手企業がスマートシティ構想を進めていく上で、このような企業の規模やドメインを越えたアライアンスやパートナーシップがさらに増えていくと思います。
企業のCIOはスマート化をどのようにとらえるべきか
スマートシティが進んでいくと、必然的に企業においても、照明、エレベータ、空調、電源設備などファシリティ分野の機器がインテリジェントネットワークによってつながってきます。情報部門およびCIOは、社員のPCやモバイル端末、サーバーやネットワークなどのいわゆるITリソースだけでなく、ファシリティ分野の機器の管理や運用が求められるでしょう。さらには交通機関や行政システムとの連携も考えなければならなくなります。
逆にいえば、スマートシティは、ITに関わるすべての人や企業が当事者であり、ビジネスチャンスにもつながるものとして取り組むべきものと言えるでしょう。
(聞き手、構成:編集部 松尾慎司、執筆:中尾真二)
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