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- 2022/09/09 掲載
2万5,000円が3,000円に!? 運送業界ではびこる「バカげた運賃」はなぜ起きる?
連載:「日本の物流現場から」
運賃ダンピングが起きる心理現象の「囚人のジレンマ」とは
運送事業で赤字を出しているのだから、もし、帰り荷においても正規の運賃をもらえれば利益貢献は大きい。そもそも、往路の運賃についても、十分な利益が取れているわけではない。むしろ、帰り荷で積極的に利益を求めないと、赤字経営を脱することはできない。「いや、荷主側もこちらの帰り荷を狙って案件を打診してきているので…、正規の運賃はもらえないですよ」と配車担当者(以下、A氏とする)は反論してきた。
「それは分かりますけど、だからと言って3,000円はやりすぎではありませんか?」、私は問いかけた。大宮から習志野まで、大型トラックのチャーターである。国土交通省の定める標準的な運賃であれば3万6,500円、知己の運送会社は、「3万円かな」と言う。では帰り荷だったらと問うと、「2万5,000円は欲しいかな」と答えた。3,000円というのは、文字通り桁が違う。
「でも、断られたら実入りはゼロになってしまいますよね。だったら、3,000円でももらえればいいかなと…」
このような心理は、「囚人のジレンマ」という思考実験で説明される。よろしければ、読者の皆さまも、自分だったらどうするのか、想像してほしい。
あなたは罪を犯し、囚人として牢屋(ろうや)に投獄され、ともに罪を犯した仲間もいるとする。そして検事が司法取引を持ちかけてきた。あなたに迫られる選択肢は以下だ。
- あなたと仲間がこのまま自白をせずに黙秘を貫けば、懲役2年となる。
- もしあなたが自白して仲間が自白しなかった場合、司法取引で釈放されるが、その逆は懲役8年となる。
- あなたと仲間がともに自白した場合は懲役4年となる。
この思考実験において、お互いの利益を考えれば自白しない選択肢をとるだろうが、もし相手が自白した場合、あなたの懲役は8年となってしまう。この思考実験の結果では、多くの人が自白を選択することが知られている。人は、イチかバチかを選択して最悪のケースとなるリスクを選ぶよりも、間違いなく得られる次善の選択をする傾向にあることを、「囚人のジレンマ」は示している。
どのようにして「バカげた運賃」となったのか?
「この運賃を提示して、もし断られたらどうしよう」「他社は、ウチよりももっと安い運賃を提示しているかもしれない」運賃に限らず、世のありとあらゆる価格交渉の場において、これは常に売り手が抱える葛藤である。利益を求め、最善の価格を提示して玉砕するくらいならば、多少利益を削っても値引きして、間違いなく仕事を獲得したいと思うのは人情である。
先のA氏も、最初から「帰り荷3,000円」などというバカげた運賃を提示していたわけではない。実はA氏が交渉していた相手は、自社ではトラックを保有せず、輸送案件と運送会社をマッチングすることで仲介手数料を得る利用運送事業者、いわゆる水屋であった。
最初は、A氏も正規の運賃(往路と同じ運賃)を提示したという。だが水屋から、「帰り荷ですよね。もう少し勉強してくださいよ」と言われ、運賃を値引きした。やがて、値引き運賃を提示しても「他社でもっと安いところがあったので…」と断られることが間々発生した。そこで、さらに値引きをしているうちに、「帰り荷3,000円」まで行き着いてしまったのだ。
余談だが、付き合っていた水屋も良くなかった。言ってみれば、水屋の口車に乗せられてしまったわけだから。誤解しないで欲しいのだが、利用運送事業者のすべてがこのようなことを行うわけではない。
もし、A氏が勘と経験、そして自身の持つ相場観だけに頼らず、きちんと原価計算していたら、「帰り荷3,000円」のような運賃ダンピングまでは行き着かなかった可能性が高い。
しかし一方で、運賃ダンピングを行う運送会社と、それを強いる荷主がいる限り、A氏とその運送会社は値下げ圧力にさらされ続ける。
運賃ダンピングを阻止する方法はないのだろうか?
【次ページ】「運賃ダンピングの抑制」に期待される方法とは
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