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SAP ERP 6.0の標準保守期限が2027年に迫る中、移行すべきか、別の道を探すべきかに頭を悩ませている企業は少なくないだろう。SAP S/4HANAへの移行に伴うコストやリスク、移行することで得られるメリットをどのように捉え、自社の立場と方針を決めていけばよいのだろうか。ガートナー ジャパン リサーチ&アドバイザリ部門ビジネス・アプリケーションでバイス プレジデント,アナリストを務める本好宏次氏が解説した。
※本記事は2020年11月17日-19日に開催された「ガートナー IT Symposium/Xpo 2020」の講演内容をもとに再構成したものです。
SAPの「2027年問題」とは何か
SAPは2020年2月に、既存のSAP ERP 6.0の標準保守期限を本来の2025年末から2年延長して2027年末までとする旨を発表した。ただし、追加の保守料を支払えば、さらに3年後の2030年まで保守期限は延長される。ここでSAP ERPユーザーが考えるべき点は2つある。
1つは、2026年以降の保守を受けるには、エンハンストパッケージ(EhP)6以降が適用されていることが条件になるということ。これがまだの場合は適用する作業が必要であり、その前に訪れるであろうデータベースやミドルウェア、インフラの保守期限にも対応しなければならない。
もう1つは、より根本的な問題として、SAP ERP 6.0をこのまま使い続けるのか、後継のSAP S/4HANAへ移行するか、それとも別の道を探すのか、そろそろ決めなければならないということだ。
本好氏は、まず、自社が3つの分類のうち、どこにカテゴライズされるかを考えてほしい」と話す。3つとは、1)すぐにSAP S/4HANAに移る決断ができる「戦略的な採用企業」、2)成熟度を確認しながら慎重に判断する「戦術的な採用企業」、3)「採用予定のない企業」の3分類だ。この大きな方針が決まらないままに細かいオプションを検討しても、ムダになる可能性が高い。
トップダウンとボトムアップ、2つの視点でSAP S/4HANAを評価する
「どのカテゴリに分類されるかを考える際に、2つの観点があります。1つは、SAPの戦略を評価・分析し、自社にとって長期的に不可欠なパートナーであるかどうかをトップダウンで判断すること。もう1つは、SAP S/4HANAへ移行するメリットをどう捉えるかをボトムアップで積み上げることです」(本好氏)
トップダウンの判断においては、経営陣やビジネス部門のトップを含めて“腹落ち”することが重要だ。SAPの現在のビジョンである「インテリジェントエンタープライズ」が、自社のビジネスにとってどういう意味合いを持つのか。クラウドアプリケーション買収の動き、ロードマップ、機能開発の投資具合といったSAPの動きや方向性と、自社の進むべき方向性・戦略が合致しているのか、しっかりと議論しておきたい。
ある程度、戦略評価ができた段階で、自社がどこまでSAPにロックインされているかを確認する。「ミッション・クリティカルな業務でSAPが重要な役割を担っているか」「ビジネス拡大・進化を後押ししているか」「従業員の生産性を向上させるために必須かどうか」「乗り換えができるほど他に有力なものがあるか」など、さまざまな観点で現状を把握し、ロックイン状態を続けていくのか、それともSAPの利用は必要最低限に留めて別のものに乗り換えるのか、経営視点で総合的にチェックをすることが大切だ。
「もう1つトップダウンでの議論に必要な観点として、経済産業省が提唱する『2025年の崖』というキーワードがあります。これは、2025年までにレガシーのアプリケーションを刷新し、DXの足かせにならないようにしていこうという文脈です」と本好氏は話す。DXに求められるデータ活用や俊敏性、全体最適を実現しつつ、自社の技術的負債を返済する「よい契機」として、SAP S/4HANAへの移行を位置づける姿勢が必要だ。
「トップダウンによるSAPの戦略評価に加えて、エンドユーザーを巻き込んだボトムアップでのメリット分析を行い、両者をすり合わせることが大切です」と本好氏は話した。
「戦略的な採用企業」が検討すべきポイント
ここからは、先ほどの3つの分類のうちSAP S/4HANAへ移行するケース、1)戦略的な採用企業、2)戦術的な採用企業、それぞれの検討ポイントを解説していく。まずは、SAP S/4HANAに移ることがほぼ既定路線である戦略的な採用企業についてだ。
最初に考えるべきは、現在のコアのERPの業務用途の範囲をそのままSAP S/4HANAへ移行するのかという点だ。ガートナーが2019年に日本企業に対して行った調査によると、財務・会計領域についてはほぼ100%の企業が使っているが、販売管理になると5割強、生産管理や企業資産/設備管理、人事・給与の領域は一部の企業の利用に留まる。
多くの企業にとってコアなERPは会計、販売の領域だが、今後のデジタル化を考えた時に、使用する領域を広げていくべきかどうか。逆に、生産管理や人事・給与を現在導入しているが、ダウンサイジングしてもよいのではないか。これらの視点で、コアERPとしてのSAP S/4HANAの範囲を改めて定義することが必要になる。
その際、SAP S/4HANAの周辺のアプリケーションにも目を向けておくべきだ。ガートナーが近年提唱しているポストモダンERPは、一枚岩の巨大なERPを分解し、ダウンサイジングされたコアなERPを周辺のクラウドアプリケーションで疎結合して強化するという考え方だが、このトレンドが年々顕著になっているためだ。
さらに、SAPではAIを含むインテリジェントなテクノロジーの開発を進めており、既存の経費精算や人事・給与を使う企業は、半ば強制的にSAP ConcurやSAP SuccessFoctorsへ移行することになる。既存のERPのイメージから発想をいかに変えて、SAP S/4HANAで組み合わせていくのかを決めることも大きな検討ポイントの1つだ。
【次ページ】展開方式によって移行方式の選択肢が限定される
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