- 2019/11/01 掲載
「合理的配慮」とは何か?トランスジェンダー社員の裁判例で対応方法を解説(2/2)
実務担当者が押さえておくべき性的指向・性自認に関する4つの重要な前提
C社の対応は果たして間違っていたのでしょうか? 裁判所の判断は妥当だったのでしょうか?裁判所の決定を精読すると、C社は「性的指向・性自認に関する重要な4つの前提」に関する理解を欠き、「合理的な配慮」を提供しなかったため、結果として、長期にわたる社員との紛争を招き、また懲戒解雇が無効と判断される事態を招いてしまったと考えられます。ここで、4つの前提を1つずつ解説しましょう。
●前提(1)性的指向・性自認(SOGI)は重要な人格的利益
性別は、社会生活・人間関係における個人の重要な属性として、現代社会に深く根づいています。性自認に沿って生きることは重要な人格的利益であり、性的指向も、いかなる人と親密な関係をもつのかもたないのかという個人の人格の根本にかかわる問題です。
性的指向・性自認(SOGI:Sexual Orientation, Gender Identity)は、単なる趣味・嗜好の問題ではなく、本人の意思でいかんともできるものではありません。職場で本人の性自認・性的指向と異なる対応を行うことは、本人にとって多大な精神的苦痛をもたらすことから、精神的疾患の原因となったりする可能性があるほか、重要な人格的利益にかかわるからこそ、いったんこじれると紛争が長期化します。
SOGIに関する対応については、本人に寄り添った慎重な対応が必要です。裁判所の判断の根底にあったのはまさしくこの認識であり、C社はこの認識を欠いていたため、以後の対応が裏目に出たと考えられます。なお、その他適切な対応のために実務担当者が押さえておくべきポイントは以下のとおりです。
●前提(2)SOGIはセンシティブ情報
SOGIについて無理解、偏見、差別が存在していることは、裁判例・報道事例から、厳然たる事実です。SOGIが重要な人格的利益であることとあわせて考えれば、SOGIについては本人のみが開示するか否か、いかなる範囲で開示するかの決定権を有します。また、企業がSOGI情報を取得した場合には、人種、信条、社会的身分などと同様に、本人に対する不当な差別、偏見、その他の不利益が生じないよう、取扱いにとくに配慮をしなくてはいけない情報であるとの前提で対応する必要があります。
●前提(3)SOGIは百人百様
「LGBT」という言葉は性的少数者の総称に過ぎず、性的指向・性自認のあり方は、性的指向が男女両方に向く人(バイセクシュアル)、いずれにも向かない人(アセクシュアル)、性自認が男女いずれにも規定されない人(Xジェンダー)など、多様です。
企業対応にあたって大事なことは分類することではなく、それぞれの個性に応じた適切な対応をすることです。特に、個別の紛争については、類型的な対応や思い込みによる対応はかえって事態を悪化させます。
●前提(4)マジョリティと異なるSOGIは疾病ではない
「ゲイ・レズビアン・トランスジェンダーなどマジョリティと異なる性的指向・性自認が矯正すべき、または矯正可能な疾病である」という考えは、歴史上も世界的にも、多くの悲劇を生んできました。
WHO(世界保健機関)は、1990年、『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』(ICD)から同性愛(homosexuality)の項目を削除し、「同性愛は治療の対象にはならない」と付記、また2019年には性同一性障害を「精神疾患」から除外し、医療サービスの対象となる「性の健康に関する状態」のなかの「性別不合(Gender Incongruence)」に変更しました(2022年1月発効)。
「前提(1)性的指向・性自認(SOGI)は重要な人格的利益」で記載したとおり、SOGIが本人の意思でいかんともできるものではないこととあわせ、性的少数者であることは矯正すべき・強制可能な疾病ではないということをきちんと認識しておくことが、たとえばMtFのトランスジェンダー女性に「男性に戻ったらどうだ」なとと発言してトラブルが一層深刻化することを防止するうえでも、極めて重要です。
LGBT施策の特効薬「合理的配慮」とは?
障害者雇用促進法は使用者に合理的配慮の提供を義務づけています。同法及び同法に基づく合理的指針は、企業がLGBT社員に対する適切な対応を考えるにあたって参考となり、また多くの場合、合理的配慮を提供することによって、トラブルを防止し、円滑な労使関係を構築することができます。実務担当者が押さえるべき合理的配慮のポイントは以下のとおりです。
第一に本人の意向を十分に尊重し、相互理解に立脚した、十分な話し合いを行うこと。当事者・本人が直面する困難について単なる事情聴取にとどまらない理解と対話の場をもち、必要に応じて専門家との相談を行うことも有効です。
第二に、加重な負担に該当するなどの理由で、本人が希望するどおり配慮することができない場合には、その理由を本人に具体的に説明する必要があります。「他の社員・取引先の違和感・嫌悪感」といった抽象的な理由では不十分であることは当然です。
この2点は上記事件で裁判所の判断を左右したもっとも重要なポイントと思われます。
第三に、行う配慮が円滑に実施されるよう、職場内での意識啓発を行うこと。第四に、事業活動への影響、実現困難度、費用負担の程度、企業の規模・財務状況などを考慮して、過重な負担に該当するため本人の意向にそった配慮ができない場合においても、安易にそう結論づけることなく、本人の意向を十分に踏まえて、中長期的な観点から実行可能な諸施策を検討すること。最後に、相談体制の整備も重要なポイントです。
「合理的な配慮」の提供の薬効はトラブル防止にとどまりません。正しい知識に基づいて正しく処方・適用することにより、LGBT社員がその能力を有効に発揮することを通じて創造性を発揮、生産性の向上・離職の防止など、企業成長にとっての特効薬となります。
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